全国百選めぐり【近江八幡の風景】
到達記録(安土城) | |
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平成20年07月23日、平成22年09月24日、令和02年05月29日他、何度か訪問しました。 安土城(あづちじょう)は、滋賀県近江八幡市安土町にある城跡です。 天正04年(西暦1576年)、天下統一への戦いを進める織田信長が築城しました。 天正10年に起こった明智光秀の謀反(本能寺の変)の後、火災によって天主を消失。天正13年に豊臣秀吉の養子豊臣秀次によって廃城とされています。 現在、安土城跡は、国の特別史跡でありながら、臨済宗妙心寺派のハ見寺の私有地となっています。入山料700円と城跡にしてはかなり高額設定ですが駐車場が無料なのは良心的です。 現地では標高199mの平山城ですが、石段の落差は大きく山城的な印象を受けます。天主跡地からの展望は美しく、琵琶湖を見下ろしていた信長が描いていた野望を思えば、歴史好き、城好きにはたまりません。※一般的に本丸にあるお城を天守と書きますが、安土城では天主とされています。 日本100名城【安土城】。日本名城百選【安土城】。 |
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到達記録(安土城天主信長の館) | |
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平成28年10月13日に訪問しました。 【安土城】跡から少し離れた所にある安土城天主信長の館では、天主閣が再現されています。有料ではありますが、一見してみるのも悪くないと思います。 安土城は天正07年(西暦1579年)、織田信長の命によって建築された世界で初めての木造高層建築といわれています。信長の館では、金箔で彩られたとされる安土城の天守が復刻されています。狩野永徳(かのう えいとく)の作とされる屏風も再現されています。 日本100名城【安土城】。日本名城百選【安土城】。 |
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到達記録(観音寺城) | |
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平成20年07月23日、平成22年09月24日、平成28年10月05日、令和05年09月12日他、何度か訪問しました。 観音寺城(かんのんじじょう)は、滋賀県近江八幡市安土町にある城跡です。 南北朝時代、近江源氏の佐々木氏の居城とされており佐々木城と呼ばれていました。室町時代の応仁の乱では、守護大名六角氏が一族で東西に分かれ3度も攻城戦が行わたとか。 戦国時代に入ると、織田信長の上洛軍に破れ、その後廃城になったようです。現在、本丸跡地近くにある観音正寺は、天台宗系の単立寺院として神仏霊場139番札所【観音正寺】、西国三十三観音霊場32番札所【観音正寺】、近江西国三十三観音霊場19番札所【観音正寺】、繖五山めぐり【観音正寺】など多くの札所に選ばれています。 攻城では、観音正寺の左脇から登って本丸跡地、平井丸、池田丸を経て大石垣へと繋がります。国の史跡【観音寺城跡】に指定されています。日本100名城【春日山城】、【七尾城】、【小谷城】、【月山富田城】と並んで、日本五大山城の一つとされています。 日本100名城【観音寺城】。 |
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到達記録(八幡山城) | |
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平成30年05月04日、平成30年06月24日他、何度か訪問しました。 八幡山城(はちまんやまじょう)は、滋賀県近江八幡市宮内町にある城跡です。 八幡山城は、豊臣秀吉の時代、紀州攻め、四国征伐で副将格で戦陣に入り武勲を立てた甥の豊臣秀次が近江八幡20万石を与えられ築城を開始しました。 秀吉自身が普請の指揮を取り、安土城の城下町を八幡山麓に移しました。しかし、豊臣秀頼の誕生により状況は一遍。数年後には秀次は謀反の疑いがかけられ自害させられてしまいます。八幡城も10年と持たず廃城となりました。 昭和38年(西暦1963年)、豊臣秀次の母であり、豊臣秀吉の姉でもある日秀尼(にっしゅうに)が住職を務めた村雲門跡・瑞龍寺が本丸跡に移転しています。現在はロープウェイも設置され、観光地として整備されています。 続・日本100名城【八幡山城】。恋人の聖地【八幡山ロープウェー】。 |
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到達記録(城下町・近江八幡市八幡) | |
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令和02年05月29日他、何度か訪問しました。 近江八幡市八幡(はちまん)地区は、滋賀県近江八幡市にある伝統的建造物群保存地区です。 近江八幡市八幡地区は、【八幡山城】の城下町として開町された地区です。豊臣秀次(とよとみ ひでつぐ)が天正13年(西暦1585年)、西の湖を経て琵琶湖に至る八幡堀を開削したのが始まりとされてます。 ただ豊臣秀次の時代は10年と短かいものでした。八幡山城が廃城になった跡も、舟運を利用して発展を続け、江戸時代には、近江商人の商業活動の中心をなす在郷町として発展しました。西の湖周辺は、ヨシが広がっており、ヨシ産業が発達しました。日本遺産【琵琶湖とその水辺景観−祈りと暮らしの水遺産】の認定を受けており、水郷めぐりや八幡堀めぐりの遊覧船を楽しむことが出来ます。 江戸時代後期から昭和初期の建築物が残っており、切妻(きりづま)造の屋根に桟瓦葺(さんがわらぶき)、平入玄関の木造建築が多い。また神仏霊場142番札所【日牟禮八幡宮】も重伝建の指定範囲に含まれています。 人と自然が織りなす日本の風景百選【近江八幡の水郷地帯】。重要伝統的建造物群保存地区【近江八幡市八幡】。 |
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