全国百選めぐり【恵那の風景】

到達記録(岩村城)

 平成20年08月09日、平成22年09月23日、平成26年11月13日、平成30年08月17日他、何度か訪問しました。

 岩村城(いわむらじょう)は、岐阜県恵那市岩村町にある城跡です。

 岩村城は、鎌倉時代、遠山景朝(とおやま かげとも)が築城したのが始まりとされています。戦国時代後期には、織田氏、武田氏の勢力圏の境界となり、城郭が拡張されて行きました。

 江戸時代では藩主が度々変わり、最後は大給松平家の下、明治維新を迎えました。廃城令にて石垣のみになりました。

 岩村城は、高低差180mの山城でありながら、見事な石垣で何重にも囲まれた城郭で、その石垣には約4万個の石が使われているのだとか。城内には井戸跡が17カ所も発見されており、長期の籠城戦を想定した城造りと言えます。

 山麓の岩村歴史資料館前の駐車場からも登れますし、細めの道にはなりますが、本丸まで自家用車でアクセス出来るのも素晴らしい。

 岩村城の本丸は、標高717mに位置しており、日本三大山城の一つに数えられています。他の2つは、奈良県の【高取城】、岡山県の【備中松山城】です。

 日本100名城【岩村城】日本名城百選【岩村城】

到達記録(折の棚田)

 令和元年12月27日、令和06年10月03日他、何度か訪問しました。

 坂折(さかおり)の棚田は、岐阜県恵那市中野方町にある棚田です。

 坂折の棚田は、山の斜面に約360枚の水田が段々に並んでいます。江戸時代初期の開田とされており、約400年の歴史がある棚田です。【名古屋城】の石垣を築いた石工集団「黒鍬(くろくわ)」による石積み棚田と言われています。

 現地では展望台が用意されています。例年6月第1土曜日には、畦(あぜ)に約2,000本のロウソクが灯される「田の神様灯火祭」があります。

 日本の棚田百選【坂折の棚田】

到達記録(大井ダム・恵那峡)

 令和06年10月02日に訪問しました。

 恵那峡(えなきょう)は、岐阜県恵那市大井町と中津川市蛭川に跨る大井(おおい)ダムのダム湖です。

 大井ダムは、一級河川・木曽川水系木曽川に建設された重力式コンクリートダムです。大井ダムは、関西電力の水力発電専用ダムですが、観光地として整備されており、ダム湖百選の中では珍しく観光客と出会いました。

 ダム湖百選【恵那峡】の顕彰碑は、恵那峡公園側に設置されていました。令和06年10月02日訪問時は、大井ダム完成100周年記念でオリジナルカードの配布などが行われていました。

 ダム湖百選【恵那峡】

到達記録(阿木川ダム・阿木川湖)

 令和06年10月02日に訪問しました。

 阿木川湖(あぎがわこ)は、岐阜県恵那市東野地先にある阿木川(あぎがわ)ダムのダム湖です。

 阿木川ダムは、一級河川・木曽川水系阿木川に建設されたロックフィルダムです。21年の歳月を掛けて平成02年(西暦1990年)に完成したダムです。

 ダム湖百選【阿木川湖】の顕彰碑は、阿木川ダム管理事務所側ではなく、阿木川ダム防災資料館側に設置されていました。

 ダム湖百選【阿木川湖】

到達記録(城下町)

 平成20年08月09日、平成22年09月23日、平成26年11月13日、平成30年08月17日他、何度か訪問しました。

 恵那市岩村町本通りは、岐阜県恵那市岩村町にある伝統的建造物群保存地区です。

 恵那市岩村町本通りは、【岩村城】の城下町として発展した地区となります。

 現地は、東濃地方の政治、文化、経済の中心として明治期まで繁栄しましたが、鉄道や道路網から外れ、現代では山間の寂れた雰囲気のある地域になっています。

 天正03年(西暦1575年)長篠の合戦後、岩村城攻めで功のあった河尻秀隆(かわじり ひでたか)が岩村城に入城し、街並みの整備と併せて水路開削を行っています。400年以上経過した現在も各家の中庭を縦断しており、天正疎水と呼ばれています。

 重要伝統的建造物群保存地区【恵那市岩村町本通り】

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