全国百選めぐり【小諸の風景】

到達記録(小諸城)

 平成20年08月07日、平成22年10月09日、平成24年10月05日、令和03年05月12日他、何度か訪問しました。

 小諸城(こもろじょう)は、長野県小諸市にある城跡です。

 長享元年(西暦1487年)に大井光忠(おおい みつただ)によって築城された鍋蓋城(なべぶたじょう)が始まりとされています。その後、武田信玄が手を加えて土塁主体の城になりました。小諸城には、別名として酔月城、穴城、白鶴城などの呼び名があります。

 戦国時代後期に、仙石秀久(せんごく ひでひさ)が改修し現在の近代的な形になったとのことで、当時は天守閣も構えていたそうですが、江戸時代初期に落雷で焼失しています。

 この仙石秀久は、豊臣秀吉の最古参の家臣であったものの九州征伐で大失態を演じて改易され、徳川家康の取り成しで小田原征伐に参戦。最前線で活躍し、大名に復活した人です。仙石氏の後は藩主が転々としますが、牧野氏10代の頃に明治維新を迎えました。

 城跡の遺構としては、一部の石垣は昭和時代に再現・復元した石垣ですが、江戸時代の石垣群と三之門、少し離れたところに大手門が現存しています。

 日本100名城【小諸城】日本名城百選【小諸城】

到達記録(宇坪入の棚田)

 令和03年05月12日他、何度か訪問しました。

 宇坪入(うつぼいり)の棚田は、長野県小諸市菱平宇坪入にある棚田です。

 宇坪入の棚田は、標高900mの高原に細長く続く石積み棚田です。山の斜面に約180枚の水田が段々に並んでいます。開田は戦国時代まで遡るのだとか。棚田ができる以前には、平安時代に設けられた官牧(かんぼく)の一つで、菱野牧(ひしののまき)と呼ばれる朝廷の牧場でした。

 棚田のルーツを深く追えるのは稀有な例です。耕作放棄地が多少ありました。

 日本の棚田百選【宇坪入の棚田】

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