全国百選めぐり【上田市の風景】

到達記録(上田城)

 平成20年08月07日、平成22年10月09日、平成24年10月05日、平成30年08月12日、令和04年06月15日他、何度か訪問しました。

 上田城(うえだじょう)は、長野県上田市にある城跡です。

 上田城は、信濃国の戦国大名・真田昌幸(さなだ まさゆき)が建築しました。

 天正13年(西暦1585年)の第一次上田合戦では、徳川軍7,000に対し真田軍2,000で、上田城二の丸まで侵入されるも分隊による挟撃で大打撃を与えて撤退に追い込んでいます。

 慶長05年(西暦1600年)の第二次上田合戦では、徳川秀忠が率いる38,000を上田に引き付け、関ヶ原の戦いに遅参させることに成功しています。そんな経緯があるので、関ヶ原の戦いの後、上田城は徳川軍に破却されています。

 現在残っている城郭は、江戸時代に信濃上田藩の初代藩主・仙石忠政(せんごく ただまさ)が再建したものです。

 仙石氏を経て藤井松平藩となり、明治維新を迎えました。旧二の丸内が上田城跡公園として整備されています。国の史跡【上田城跡】です。現地には眞田神社が鎮座しています。城跡の東にある上田市観光会館は色々なカード配布のスポットになっており何度も訪問しています。

 日本100名城【上田城】日本名城百選【上田城】

到達記録(稲倉の棚田)

 令和03年05月12日、令和04年06月15日他、何度か訪問しました。

 稲倉(いなぐら)の棚田は、長野県上田市殿城にある棚田です。

 山の斜面に約780枚の水田が段々に並んでいます。現地には駐車場や「稲倉の里農村交流館」が整備されていたり、観光地としてのアピールがされています。

 稲倉の棚田は、元禄時代から明治時代にかけて開田されたものと言われています。現地、休憩施設に日本の棚田百選【稲倉の棚田】の認定書がありました。春には田圃の中でキャンプが出来るイベント「棚田CAMP」が開催されています。

 日本の棚田百選【稲倉の棚田】

到達記録(塩田平のため池群)

 令和05年06月01日に訪問しました。

 塩田平(しおだだいら)のため池群は、長野県上田市塩田にあるため池群です。

 塩田平は年間降水量900oと全国有数の雨の少ない地域で、その対策として大小100のため池が整備されています。名称などが明確なため池だけでも41あるのだとか。

 ため池百選【塩田平のため池群】

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