全国百選めぐり【長良川】
到達記録(長良川) | |
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平成23年10月08日、令和06年11月30日他、何度か訪問しました。 長良川(ながらがわ)は、岐阜県郡上市の大日ヶ岳を水源に、岐阜県を流れ、最下流で揖斐川と合流して伊勢湾に流れ込みます。 長良川は、清流として知られており、静岡県の【柿田川】、高知県の【四万十川】とともに日本三大清流の一つとされています。 長良川の中流域では、【長良川の鵜飼】が知られており、毎年05月中旬から10月中旬まで行われています。鵜飼は夕方から夜にかけて行われるので、シーズンによっては鵜飼観覧船からライトアップされた【岐阜城】を見ることが出来ます。 令和06年11月30日に訪問した【国営木曽三川公園】の一つ、河川環境楽園にある世界淡水魚園水族館「アクア・トトぎふ」では、長良川の特集をしていました。 昭和の名水百選【長良川(中流域)】。 |
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到達記録(長良川の鵜飼) | |
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平成23年10月08日に訪問しました。 長良川の鵜飼(ながらがいのうかい)は、岐阜県岐阜市を流れる長良川中流域で毎年05月11日から10月15日まで行われる伝統行事です。 鵜飼は、鵜を巧みに操って川にいる魚を獲る漁法のことで、その歴史は古く、正倉院所蔵の1,300年前の戸籍などからも鵜飼を生業にした集団が存在したと考えられています。 御皇室御用達の鵜飼としても知られており、宮内庁の御料場で行われる8回の鵜飼を「御料鵜飼」と言い、獲れた鮎は、御皇室に献上されています。 永禄11年(西暦1568年)には、織田信長が武田家の使者・秋山伯耆守をもてなす際に、鵜飼観覧をするなど、外交上の接客にも活用していた記録が残っています。また元和元年(西暦1615年)には徳川家康が鵜飼見物した記録が残っています。 残したい日本の音風景100選【長良川の鵜飼】。人と自然が織りなす日本の風景百選【岐阜・長良川の鵜飼】。名もなき旅人の百選【長良川の鵜飼】。 |
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到達記録(長良大橋) | |
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令和07年01月15日に訪問しました。 長良大橋(ながらおおはし)は、岐阜県岐阜市と大垣市の間を流れる長良川(ながらがわ)に架かる橋です。 昭和08年(西暦1933年)、鉄橋として架橋。昭和恐慌による失業者対策「岐垣国道改築工事事業」の一つとして行われた事業でした。 道路・鉄道併用橋として竣工しましたが、鉄道計画は事業化されませんでした。昭和39年(西暦1964年)、道路専用橋となりました。 日本百名橋【長良大橋】。 |
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