全国百選めぐり【福井市の風景】

到達記録(一乗谷・朝倉氏館)

 平成20年07月25日、平成22年10月05日、平成25年08月01日、平成29年05月25日他、何度か訪問しました。

 一乗谷(いちじょうだに)朝倉氏遺跡(あさくらしいせき)は、福井県福井市城戸ノ内町にある屋敷跡です。

 天正元年(西暦1573年)、織田信長の軍に破れ、一帯は焼き払われました。その後、朝倉氏の旧臣が一時越前を治めるものの一揆が起こり再び織田信長に制圧され、柴田勝家が越前八郡を与えられました。

 柴田勝家は、北ノ庄を本拠地とした為、一乗谷は長い期間田畑に埋もれたまま明治維新を迎えました。国の特別史跡【一乗谷朝倉氏遺跡】、国の特別名勝【一乗谷朝倉氏庭園】に指定されています。

 日本100名城【一乗谷城】日本名城百選【一乗谷朝倉氏館と山城】

到達記録(詰城・一乗谷城)

 に訪問しました。

 一乗谷城(いちじょうだにじょう)は、福井県福井市城戸ノ内町にある城跡です。

 一乗谷城は、文明03年(西暦1471年)、越前守護・朝倉敏景(あさくら としかげ)が築城しましたのが始まりとされています。

 一乗谷城は、朝倉氏館の背後にある標高473mの山城で、稜線上に本丸、二の丸、三の丸を据えた連郭式の城郭で、石垣も一部にはあるものの土塁と堀を巡らした曲輪で構成されています。

 日本100名城【一乗谷城】日本名城百選【一乗谷朝倉氏館と山城】

到達記録(福井城)

 平成30年06月25日に訪問しました。

 福井城(ふくいじょう)は、福井県福井市にある城跡です。

 福井城は、朝倉氏が滅ぼされた後、柴田勝家が築城したのが始まりです。賤ヶ岳の戦いで柴田氏が滅亡し、関ヶ原の戦いの後、結城秀康が越前入り、新たに天下普請で築城されたのが現在の縄張りとされています。

 石垣がかなり崩れていました。昭和23年(西暦1948年)の福井地震の影響だそうですが、かなりの期間放置されているんですね。石垣の中には警察署や県庁があるのに…。

 続・日本100名城【福井城】

到達記録(九十九橋)

 に訪問しました。

 九十九橋(つくもばし)は、福井県福井市を流れる足羽川(あすわがわ)に架かる橋です。

 明治42年(西暦1909年)、ボウストリングトラス橋が架橋されました。昭和08年(西暦1933年)、鉄筋コンクリート桁橋が架橋されました。昭和61年(西暦1986年)、現在の橋である九十九橋が架橋されました。

 日本百名橋【九十九橋】

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