全国百選めぐり【日光市の百選】

到達記録(日光市)

 日光市は百選が豊富にあるため、【日光市の百選】【奥日光の百選】の2つに別けてあります。奥日光は、日光市いろは坂より西側地域を指しています。

到達記録(日光杉並木)

 平成24年10月08日、平成30年07月12日他、何度か訪問しました。

 日光街道(にっこうかいどう)は、江戸時代に整備された五街道(東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道)の一つです。

 日光街道は、江戸の【日本橋】を起点に、徳川家康が眠る日光までの約140qの街道です。道中には21の宿場が置かれていました。

 現地では、国道119号線となっており交通量も一定ありますが、旧道と共に立派な杉並木が残されています。日本の道100選【日光街道】の顕彰碑は、旧道の竜蔵寺薬師堂の近くに設置されています。ちょっと見つけにくいです。

 2つ目の宿場町である草加宿では、松並木が日本の道100選【草加市日光街道】に選ばれています。

 日本の道100選【日光街道】新・日本街路樹100景【日光杉並木】人と自然が織りなす日本の風景百選【日光街道の杉並木】

到達記録(今市竜蔵寺)

 平成24年10月08日他、何度か訪問しました。

 今市龍蔵寺(いまいちりゅうぞうじ)は、栃木県日光市大沢町831-3にある寺院です。

 龍蔵寺は、江戸幕府4代目将軍・徳川家綱(とくがわ いえつな)の日光参拝の休憩所になっていたとの逸話があります。明治初年頃、現在の地に移転し、移転後、藤を植樹したのだとか。

 境内の六尺藤は、最盛期には、花穂が6尺(約180cm)になることがその名の由来です。

 例年4月下旬から5月初旬頃が見頃とされています。シーズン以外はとても物寂し気な雰囲気のある寺院です。

 かおり風景100選【今市竜蔵寺の藤と線香】

到達記録(霧降の滝)

 平成22年08月22日、令和元年07月10日他、何度か訪問しました。

 霧降の滝(きりふりのたき)は、栃木県日光市所野にある落差75mの滝です。

 落下する間に水が飛び散って霧のようになる様子が、滝名の由来だとか。上下に別れた二段爆になっています。

 現地では滝壺へ下りる道は通行止めになっていました。平成22年の訪問時も令和元年の訪問時でも通行止めになっているので復旧する気配はなさそうです。

 霧降の滝は、【華厳の滝】、裏見滝とともに日光三名瀑の一つに数えられています。

 日本の滝100選【霧降の滝】

到達記録(日光霧降高原)

 令和元年07月10日に訪問しました。

 日光霧降高原のニッコウキスゲは、栃木県日光市所野にある霜降高原に群生しているキスゲです。

 ニッコウキスゲは、一輪ずつ咲き、花は一日で萎みますが、翌日には別の花が咲きます。

 霧降高原キスゲ平園地では、駐車場がしっかり整備されており探索しやすいです。現地は、標高1,300〜1,600mにかけて広がる高原に群生しています。

 遊歩道と天空回廊と呼ばれる1,445段の階段が整備されていますが、正直私のようなデブには、空気が薄い気がします。

 かおり風景100選【日光霧降高原のニッコウキスゲ】名もなき旅人の百選【日光霧降高原のニッコウキスゲ】

到達記録(日光・神橋)

 平成24年10月07日他、何度か訪問しました。

 神橋(しんきょう)は、栃木県日光市上鉢石町を流れる大谷川(だいやがわ)に架かる橋です。

 神橋は、下野国一宮【日光二荒山神社】の神域に属し、日光二荒山神社が管理しています。

 神橋が朱塗りの橋になったのは寛永13年(西暦1636年)の東照宮の大造替時とされており、その橋は長く現役でしたが明治35年(西暦1902年)に洪水で流されました。

 現在の神橋は、明治37年(西暦1904年)に再建されたものです。公式サイトでは、【錦帯橋】【甲斐の猿橋】と並んで日本三奇橋の一つとされています。

 日本百名橋【日光・神橋】日本の橋100選【日光二荒山神社・神橋】遊歩百選【もうひとつの日光】

到達記録(日光・化地蔵)

 遊歩百選【もうひとつの日光】は、栃木県日光市にある「日光史跡探勝路」を指します。

 日光史跡探勝路は、@静かな杉林の中石畳を歩く滝尾の路(たきのおのみち)コースA石升の道を通り化地蔵(並び地蔵)へたどる憾満の路(かんまんのみち)コースの2つが整備されています。

 滝尾の路コースは、神橋を起点に日光二荒山神社の別宮である滝尾神社へ向かう古道です。杉並木に囲まれた石畳の道が続き、静寂な雰囲気の中で歴史を感じながら散策できます。

 憾満の路コースは、大谷川沿いにある憾満ヶ淵(かんまんがふち)に約70体の地蔵が並んでおり、行きと帰りで地蔵の数が違うと伝えられる不思議な場所です。

 遊歩百選【もうひとつの日光】

到達記録(足尾銅山)

 まだ未訪問です。

 足尾銅山(あしおどうざん)は、栃木県日光市足尾地区にあった銅山です。

 足尾銅山は、天文19年(西暦1550年)に発見とされており、本格的な開発は、江戸時代に入ってから、江戸幕府直轄の鉱山として採掘が開始されています。

 20世紀初頭には、日本の銅産出量の40%ほどの生産を上げる大銅山に成長しました。国の史跡【足尾銅山跡】です。

 足尾鉱毒事件(あしおこうどくじけん)は、明治時代初期頃から栃木県と群馬県の渡良瀬川(わたらせがわ)周辺で起きた、日本初の公害事件と言われています。足尾銅山の精錬所から出た有害物質が周辺環境に著しい影響を与えたとされています。

 日本の秘境100選【足尾銅山跡】日本の地質百選【足尾銅山】

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