全国百選めぐり【南九州市の風景】
到達記録(知覧城) | |
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平成30年06月10日他、何度か訪問しました。 知覧城(ちらんじょう)は、鹿児島県南九州市知覧町永里にある城跡です。 知覧城は、平安時代末期の頃の郡司・知覧忠信の築城とされています。戦国時代から明治維新まで殆どの時期で、佐多氏(島津氏一族)が城主を務めました。 知覧城は、本丸、倉ノ城(くらんじょう)、今城(いまんじょう)、弓場城(ゆんばじょう)の四つの曲輪が独立して存在している特徴的な城郭です。曲輪単位を城と呼ぶのも薩摩の特徴です。 火砕流堆積物からなる「シラス台地」特有の切り立った崖の曲輪が非常に特徴的です。勾配にすると雨水に浸食されて崩れてしまうためです。一国一城令が出る前に出火で炎上しており、土塁や曲輪、空堀以外の遺構は残っていません。 続・日本100名城【知覧城】。日本名城百選【知覧城】。 |
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到達記録(清水の湧水) | |
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平成22年07月06日、平成30年06月10日他、何度か訪問しました。 清水の湧水(きよみずのゆうすい)は、鹿児島県南九州市川辺町清水にある湧水です。 清水の湧水は、シラス台地にろ過された湧水で、1日に約6,000tと大変豊富な水量を誇っており、地元民には今も生活用水として利用されているのだとか。 現地には水元神社(みずもとじんじゃ)が鎮座しており、下流は万之瀬川(まのせがわ)に流れ込み、【吹上浜】の南端で東シナ海に流れ出ます。 昭和の名水百選【清水の湧水】。 |
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到達記録(城下町・知覧) | |
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平成27年01月03日、令和02年12月30日他、何度か訪問しました。 南九州市知覧(ちらん)地区は、鹿児島県南九州市知覧にある伝統的建造物群保存地区です。 南九州市知覧地区は、【知覧城】の城下町として発展した地区です。江戸時代、一国一城令がありましたが、薩摩藩は、外城(とじょう)制と呼ばれる各領地の中心地に「これは城ではない」と言い張った山城を築き、その麓に城下町を整備しました。 実質的に「麓」は防御拠点であり、戦力の配置であったと言えます。その外城制の結果、誕生した武家屋敷群が鹿児島では多数残っています。当該重伝建では、指定名称に「麓」とありませんが、知覧城の「麓」です。この武家屋敷群の東西に走る道が、日本の道100選【武家屋敷通り】に指定されています。日本の道100選【武家屋敷通り】の顕彰碑は、道路沿いのとても分かりやすい場所に設置されていました。 日本の道100選【武家屋敷通り】。重要伝統的建造物群保存地区【南九州市知覧】。 |
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到達記録(佃の棚田) | |
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令和02年12月30日他、何度か訪問しました。 佃(つくだ)の棚田は、鹿児島県南九州市頴娃町牧之内にある棚田です。 山の斜面に約127枚の水田が段々に並んでいるはずでしたが、茶畑や野菜などに転作されている棚田も多い様子です。真っ黒な畑はシラス台地の特徴でしょうか。 佃の棚田は、馬渡川を挟んで東西にありますが、馬渡川東側の方が広くなっています。明治25年(西暦1892年)頃から開田されたと案内があります。 真っ黒な畑はシラス台地の特徴でしょうか。日本の棚田百選の中で一番南にある棚田で、天気に恵まれれば開聞岳とセットの写真が撮れると思います 日本の棚田百選【佃の棚田】。 |
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