全国百選めぐり【盛岡城と城下町の百選】
| 到達記録(盛岡市) | |
盛岡市は百選の宝庫になっており、【盛岡城と城下町の百選】と【盛岡郊外の百選】に別けてあります。 |
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| 到達記録(盛岡城) | |
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平成20年08月03日、平成22年10月10日、平成24年09月09日、平成29年08月15日、令和04年05月10日他、何度か訪問しました。 盛岡城(もりおかじょう)は、岩手県盛岡市にある城跡です。 盛岡城は、江戸時代初期に南部氏第27代目にあたる盛岡藩初代藩主・南部利直(なんぶ としなお)が築城しました。「盛り上がり栄える岡」と願いを込め、地名を「不来方(こずかた)」から「盛岡」に改めたと言われています。 南部氏は、鎌倉時代から現代に至るまで東北の名門として名を残しました。明治維新後は伯爵家です。 盛岡城は、本丸、二の丸、三の丸に、本丸の南側を守る淡路丸の4つの曲輪と総石垣の堂々たる城郭で、東に流れる中津川を天然の要害としています。国の史跡【盛岡城跡】です。 盛岡城の石垣は、全て城内とその周辺で産出した花崗岩によって築かれており、本丸東側は野面積み(自然石をそのまま積み上げる石垣)、三の丸西側の乱積み(大小様々な石をパズルのように積み上げる石垣)、二ノ丸西側は布積み(方形に整えた石を横に揃えて積み上げる石垣)など時代による石垣の変遷など楽しめます。 現在は、岩手公園(いわてこうえん)として整備されており、岩手公園は、明治39年(西暦1906年)に、近代公園の先駆者である長岡安平(ながおか やすへい)さんの設計によって開園しました。平成18年には、岩手公園の開園100周年を記念して愛称「盛岡城跡公園」と名付けられています。 日本の都市公園100選【岩手公園】の顕彰碑は、「もりおか歴史文化館」でスタッフの方に声掛けをしましたがわかりませんでした。が、鶴ヶ池のほとりに設置されている…はず。 日本100名城【盛岡城】。日本名城百選【盛岡城】。日本の都市公園100選【岩手公園】。 |
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| 到達記録(南部せんべい) | |
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平成29年08月15日、平成30年08月05日他、何度か訪問しました。 南部煎餅(なんぶせんべい)は、小麦粉を原料にした煎餅の一種です。 南部煎餅は、八戸、二戸、盛岡などの旧南部領では南部藩の野戦食として、戦国時代より食べられていたと案内があります。 老舗白沢せんべい店さんを訪ね、断りを入れてから商品棚の撮影をさせて頂きました。こちらで実際に購入しました。とっても健康的なお味でしたが、煎餅の香りを十分嗅げましたので達成です。 「南部せんべい」の名称は、現在、岩手県南部煎餅協同組合が商標登録しているのだとか。 かおり風景100選【盛岡の南部煎べい】。 |
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| 到達記録(大慈清水) | |
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平成24年09月09日、令和04年05月10日他、何度か訪問しました。 大慈清水(だいじしみず)は、岩手県盛岡市鉈屋町(なたやちょう)にある湧水です。 段々に整備されており、一番目が飲み水、二番目が米研ぎ用、三番目が洗い水、四番目が足洗い用と決められており、今でも生活用水として地元の多くの人たちに利用されています。 平成の名水百選【大慈清水・青龍水】。 |
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| 到達記録(青龍水) | |
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平成24年09月09日、令和04年05月10日他、何度か訪問しました。 青龍水(せいりゅうすい)は、岩手県盛岡市鉈屋町にある湧水です。 その昔、大慈寺の前には大きな沼があり青龍(せいりゅう)が住んでいたという伝説から名付けられたとか。 平成の名水百選【大慈清水・青龍水】。 |
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| 到達記録(中津川) | |
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平成24年09月09日、令和04年05月10日他、何度か訪問しました。 中津川綱取ダム下流(なかつがわつなとりだむかりゅう)は、岩手県盛岡市を流れる一級河川です。 中津川は、北上山地を水源とする河川で、東北地方最大の流域面積を誇る北上川に流れ込みます。 中津川の下流には、盛岡城跡があり、かつては天然の要害として利用されたことが窺えます。夏場には、河川敷に子供たちが溢れかえるのだとか。また秋には鮭が遡上して産卵する川として知られています。 平成の名水百選【中津川綱取ダム下流】。 |
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| 到達記録(城下町・寺町通り) | |
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平成24年09月09日に訪問しました。 寺町通り(てらまちどおり)は、岩手県盛岡市名須川町にある通りです。 寺町通りは、【盛岡城】の北側に位置しており、盛岡市内の寺院が集まっている門前町地域です。南部鉄器の街路灯や石畳風の歩道、寺院の塀が続くのが特徴です。 かつて太平洋側から塩が運ばれた道ということで「塩の道」と石碑にあります。日本の道100選【寺町通り】の顕彰碑は、道路沿いにわかりやすく設置されていました。 日本の道100選【寺町通り】。 |
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| 到達記録(トチノキ並木) | |
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平成24年09月09日他、何度か訪問しました。 県庁前のトチノキ並木は、岩手県盛岡市にある岩手県庁前を通る中央通り沿いの街路樹です。 トチノキは全国の山地に自生する高木で、谷川沿いの湿った肥沃な土壌の所によく見られるのだとか。盛岡は水が豊富だから相性が良かったのかな。 初夏には白い花を付け、秋にはトチの実が落ちてきます。新・日本街路樹100景では、「県庁前のトチノキ並木」と同じ名称で盛岡市と栃木市が選ばれています。 新・日本街路樹100景【県庁前のトチノキ並木】。 |
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| 到達記録(上の橋) | |
に訪問しました。 上の橋(かみのはし)は、岩手県盛岡市を流れる【中津川】に架かる橋です。 慶長14年(西暦1609年)頃から、盛岡藩2代目藩主・南部利直(なんぶ としなお)が、【盛岡城】を築城した際に、中津川の架橋が始まりました。 上の橋には創建時に擬宝珠がつけられ、今日まで大切に受け継がれています。慶長14年の銘が刻まれているものが8個、慶長16年の銘が刻まれているものが10個残っているとのことで、江戸時代初期の擬宝珠が数多く残っているのは珍しいです。昭和10年、現在の橋が架橋されました。 日本百名橋【上の橋】。 |
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| 到達記録(開運橋) | |
開運橋(かいうんばし)は、岩手県盛岡市を流れる北上川に架かる橋です。 開運橋は、明治23年(西暦1890年)に盛岡駅の開業に伴い、当時の岩手県知事・石井省一郎が私費で整備したのが始まりとされています。 現在の開運橋は、昭和28年(西暦1953年)に架橋された3代目・開運橋です。 日本の橋100選【開運橋】。 |
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| 到達記録(盛岡のわんこそば) | |
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平成30年08月05日他、何度か訪問しました。 わんこそば(椀こ蕎麦)は、岩手県盛岡市や花巻市を中心として名物となっている蕎麦です。 一口大のそばを客のお椀に入れ、食べ終わる度に給仕さんがお代わりの蕎麦を入れ続けて、客が満腹になるまでお代わりが続く食事方法です。 起源を調べていると江戸時代初期の頃の発祥とのことで、花巻起源説と盛岡起源説があるようです。 平成30年08月05日に利用したのは、岩手県盛岡市内にある老舗そば屋「東家(あずまや)」本店さんです。大学を卒業した頃にも一度体験しているので、二度目の体験です。 100杯以上食べた人には東家オリジナル「わんこそば証明手形」が貰えることもあって、観光客として非常に楽しめる人気店でした。 名もなき旅人の百選【盛岡のわんこそば】。 |
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