全国百選めぐり【対馬の風景】
到達記録(金田城) | |
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平成24年05月31日、平成30年05月27日他、何度か訪問しました。 金田城(かねだじょう/かなたのき)は、長崎県対馬市美津島町にある城跡です。 金田城は、白村江の戦い(はくそんこうのたたかい/はくすきのえのたたかい)に敗れた大和朝廷が、天智天皇06年(西暦667年)、対朝鮮半島の最前線に造成した古代山城で、日本書紀にもその名が残っています。国指定特別史跡【金田城跡】です。 現地には船で上陸、レンタカーで林道を走って攻城しました。旧陸軍が明治時代に整備した軍道が残っており、歩きやすかったです。砲台跡などの明治時代以降の軍事遺構も残っています。 続・日本100名城【金田城】。 |
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到達記録(清水山城) | |
に訪問しました。 清水山城(しみずやまじょう)は、長崎県対馬市厳原町西里にある城跡です。 清水山城は、豊臣秀吉が文禄・慶長の役に際、兵站基地となる城を築くことを命じ、毛利高政(もうり たかまさ)が築城したとされています。 日本名城百選【清水山城と金石城】。 |
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到達記録(金石城) | |
に訪問しました。 金石城(かねいしじょう)は、長崎県対馬市厳原町にある城跡です。 金石城は、宗氏の居城とされ、享禄元年(西暦1528年)に、宗将盛がこの地に築いた金石屋形(かねいしのやかた)が始まりとされています。 清水山城の麓に位置する平城で、朝鮮通信使を迎えるために、近世城郭に改築したと言われています。国の史跡【金石城跡】や国の名勝【旧金石城庭園】の指定を受けています。 日本名城百選【清水山城と金石城】。 |
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到達記録(木坂の藻小屋) | |
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平成24年05月30日に訪問しました。 木坂の藻小屋(きさかのもごや)は、対馬市峰町木坂17-1にある畑の肥料にする藻を貯蔵した納屋です。 藻を畑の肥料にするのは漁村ならではですね。船の格納にも利用されたとのことですが、当時の漁船はかなり小さかったことが伺える入り口ですね。 未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選【木坂の藻小屋】。 |
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到達記録(青潮が洗う国境の島・対馬) | |
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平成24年05月31日、平成30年05月27日他、何度か訪問しました。 対馬(つしま)は、長崎県対馬市に属している九州北部に浮かぶ島です。 対馬は人口約3万人で、100余りの小さな属島を持っています。島の大きさで言えば、淡路島より大きく、奄美大島より小さい規模となっており、人と自然が織りなす日本の風景百選にしてはちょっとボヤっとした表現の選定だな、と思うわけですが、やはり国境の島というアクセントが付いている以上、その点に注目かな、と思うわけです。 国境の島ということは防衛拠点としての歴史が残っており古代の城跡から明治末期の巨大な砲台跡までずっとこの国を守ってきた島の一つです。 現在の対馬には、悲しいくらいハングルが並んでいます。もはや日本語すらない看板があるなど平成30年05月27日に再訪した時には、その変化ぶりに驚きました。 人と自然が織りなす日本の風景百選【青潮が洗う国境の島・対馬】。 |
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到達記録(三宇田浜) | |
他、何度か訪問しました。 三宇田浜(みうだはま)は、長崎県対馬市上対馬町西泊にある砂浜です。 三宇田浜は、三宇田浜海水浴場として整備されています。対馬では珍しい極めの細かい貝殻成分からなる天然白砂の浜と言われています。近くに温泉施設「渚の湯」がありました。 日本の渚100選【三宇田浜】。 |
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