全国百選めぐり【福江島の風景】

到達記録(福江城)

 平成30年01月03日、平成30年06月02日他、何度か訪問しました。

 福江城(ふくえじょう)は、長崎県五島市池田町にある城跡です。地元では、別名石田城(いしだじょう)と認識されているようでした。

 福江城(石田城)は、幕末の文久03年(西暦1863年)6月に福江藩第11代目にして最後の藩主・五島盛徳(ごとう もりのり)が黒船に対抗する為に完成させた五島氏の居城です。

 江戸幕府最後に築かれた我が国で最も新しい城ですが、まもなく明治維新となり築城9年にして解体されました。現在は本丸跡に県立五島高校があり、平成30年01月03日当日は正月でありながら自主学習に来る学生と多くすれ違いました。

 続・日本100名城【福江城】

到達記録(国道384号)

 平成30年01月02日、平成30年06月02日他、何度か訪問しました。

 国道384号は、長崎県五島市から長崎県佐世保市に至る国道です。

 国道384号は、五島の主要産業である農林水産業や観光を支える循環道路として重要な路線に位置付けられているのは地図を見れば一目瞭然。福江島を一周するように整備されています。

 日本の道100選【国道384号】の顕彰碑の発見には至らず残念でした。福江島には道の駅も出来ており、徐々に観光地として整備されてきている様子です。

 日本の道100選【国道384号】

到達記録(大瀬埼灯台)

 平成30年01月02日、平成30年06月02日他、何度か訪問しました。

 大瀬埼灯台(おおせざきとうだい)は、五島列島福江島の西端、大瀬崎の断崖に建つ灯台です。

 大瀬埼灯台の初点灯は明治12年(西暦1879年)12月15日です。昭和46年(西暦1971年)に、現在の白色で円塔の灯台に改築されました。

 大瀬崎の山頂にある無線電信所は、電波山とも呼ばれ、日露戦争の日本海海戦における第一報「敵艦見ゆ」を受信した歴史があります。

 平成30年01月02日の初訪問時は、夕陽が沈んでしまって5分後くらいに現地に到着しました。その反省を元に平成30年06月02日、一泊して朝一に狙いに行きました。展望台から往路はそんなにきつくないのですが、復路がなかなかハードでございました。

 日本の灯台50選【大瀬埼灯台】名もなき旅人の百選【福江島の大瀬埼灯台】

到達記録(カグラサン)

 平成30年01月02日に訪問しました。

 カグラサンは、長崎県の五島列島福江島にある捕鯨解体場跡地です。

 平成30年01月02日に訪問した際は、一泊二日の駆け足上陸でした。地元民の認知度は低く発見に多少手間取りました。

 五島列島はかつては捕鯨が盛んに行われていたことが窺えますが、現在の五島列島の近海では鯨が獲れないようです。

 未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選【カグラサン】

到達記録(高浜)

 に訪問しました。

 高浜(たかはま)は、長崎県五島市三井楽町貝津にある砂浜です。

 高浜は、高浜海水浴場として整備されています。福江港や五島つばき空港から車で約40分の立地で、五島列島の福江島にあることが大きなハードルです。

 日本の渚100選【高浜】

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