全国百選めぐり【厳島神社と鳥居前町】
到達記録(厳島神社) | |
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平成20年06月25日、平成25年11月27日、平成30年12月28日、令和04年05月31日他、何度か訪問しました。 厳島(いつくしま)は、広島県廿日市市に属する瀬戸内海に浮かぶ島です。通称・宮島(みやじま)です。 厳島へは、宮島口桟橋より定期船で約10分ほど揺られて上陸です。厳島神社は、数ある神社の中でも珍しく水没・腐食することを前提とした神社で、全国に約500社ある厳島神社の総本社で、安芸国一宮【厳島神社】です。 推古天皇元年(西暦593年)の創建と伝承が残っています。平安時代末期、平清盛(たいら の きよもり)が社殿を現在の姿に造営しました。 海上に浮かぶ大鳥居が印象的ですが、干潮時には、歩いて行けるようになっています。満潮時と干潮時で全く違う景色を楽しめます。またライトアップされた大鳥居も美しいです。 現地では、社殿が回廊で結ばれており、潮のかおりが広がっています。厳島神社を囲むように重要伝統的建造物群保存地区【廿日市市宮島町】が指定されています。 かおり風景100選【厳島神社潮のかおり】。人と自然が織りなす日本の風景百選【安芸の宮島・厳島神社】。名もなき旅人の百選【厳島神社と鳥居前町】。 |
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到達記録(厳島神社・反橋) | |
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平成20年06月25日、平成25年11月27日、平成30年12月28日、令和04年05月31日他、何度か訪問しました。 厳島(いつくしま)・反橋(そりばし)は、広島県廿日市市宮島町1-1にある安芸国一宮【厳島神社】の境内に架かる橋です。 反橋は、本来、天皇陛下からの勅使のみが渡ることが出来た橋とされています。なので別名「勅使橋(ちょくしばし)」とも呼ばれています。 反橋は、鎌倉時代には既にあったそうですが、現存する反橋は、長さ約24m、幅4mの橋で、弘治03年(西暦1557年)、毛利元就、隆元父子が再建したものです。国の特別史跡及び特別名勝【厳島】に含まれています。 日本百名橋【厳島・反橋】。名もなき旅人の百選【厳島神社と鳥居前町】。 |
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到達記録(厳島神社・鳥居前町) | |
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令和04年05月31日他、何度か訪問しました。 廿日市市宮島町(みやじまちょう)地区は、広島県廿日市市宮島町にある伝統的建造物群保存地区です。 廿日市市宮島町地区は、平安時代に安芸国一宮【厳島神社】が造営された頃から門前町・鳥居前町として発展した地区です。 重伝建としての範囲は、厳島神社を囲むように比較的広範囲に指定されています。 宮島表参道商店街の東側に延びる「町家通り」を中心に、中国四十九薬師霊場22番札所【大願寺】や中国三十三観音霊場14番札所【大聖院】も重伝建に含まれています。宮島表参道商店街も良い雰囲気ですが、こちらは含まれていません。 重要伝統的建造物群保存地区【廿日市市宮島町】。名もなき旅人の百選【厳島神社と鳥居前町】。 |
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到達記録(包ヶ浦海岸) | |
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令和04年05月31日他、何度か訪問しました。 包ヶ浦(つつみがうら)海岸は、広島県廿日市市宮島町包ヶ浦にある海岸です。 包ヶ浦海岸は、厳島の東側にある海岸です。厳島の乗り合いバスであるメイプルライナーに揺られて東の終点が現地となります。約700mに渡って砂浜が広がっています。 天文24年/弘治元年(西暦1555年)、厳島合戦の際、毛利軍が上陸した地点としても有名で、「上陸地点」の石碑や、合戦案内看板などが立っていました。 日本の白砂青松100選【包ヶ浦海岸】。 |
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