全国百選めぐり【宮古市の風景】

到達記録(浄土ヶ浜)

 平成30年07月10日他、何度か訪問しました。

 浄土ヶ浜(じょうどがはま)は、岩手県宮古市にある海岸、景勝地です。

 浄土ヶ浜は、江戸時代前半の天和年間(西暦1681〜1684年)に曹洞宗の霊鏡和尚が「さながら極楽浄土のごとし」と感嘆したことから名付けられたと伝わります。

 浄土ヶ浜の岩肌は、約4,400万年前のマグマの働きによって出来た流紋岩(りゅうもんがん)という火山岩で、二酸化ヶイ素を多く含むため白色に見えると言われています。

 以前は、近くの駐車場まで簡単に行けましたが、東日本大震災の後は、ビジターセンター経由で徒歩で向かうことになっていました。現在は、三陸復興国立公園として整備が進み、クルージング観光船などもあるようで、観光地として再建の努力がされているようです。

 現地では、白い岩肌の岩と青松のコラボが美しく、自然が造りだした大きな日本庭園のようです。波は穏やかで海水浴場としても人気なのだとか。三陸海岸を代表する景勝地で、国の名勝【浄土ヶ浜】にも指定されています。

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到達記録(とどヶ埼灯台)

 平成22年12月05日に訪問しました。

 とどヶ埼灯台は、本州最東端の岩手県宮古市のとどヶ崎に建つ灯台です。

 とどヶ埼の「とど」は、「魚毛」と書きますが、環境依存文字のため平仮名にしてあります。

 とどヶ埼灯台の初点灯は明治35年(西暦1902年)03月01日です。大東亜戦争末期に米軍に破壊され、昭和25年(西暦1948年)、コンクリート造で2代目・とどヶ埼灯台が点灯しました。

 現地では、歩くこと45分。前半戦は登山的な気分になり、後半戦は平坦な遊歩道的な印象です。釣りをしに来たんだなぁって人たちと出会うくらいで取り分け観光地化もしておらず、波打つ音と野鳥の声しかしない穏やかな空間でした。

 日本の灯台50選【とどヶ埼灯台】

到達記録(三陸津波伝承施設)

 平成30年07月10日他、何度か訪問しました。

 三陸津波伝承施設のキーワードは「田老防潮堤」と「両石津波記念碑」となりますが、「両石津波記念碑」は東北の大震災で破壊されてしまいましたので、現状「田老防潮堤」がターゲットになります。

 田老防潮堤は、岩手県宮古市田老川向にあります。現地には道の駅「たろう」が新しく誕生したのでそこに車を停めて訪問するのが良いでしょう。当日は至る所で重機が動いていました。まだまだ復興途上ですね。

 田老防潮堤は、明治29年(西暦1896年)と昭和08年(西暦1933年)の三陸大津波の直撃を受けた田老地区(旧田老町)を守るべく、総延長2,433m、高さ10mの長大な防潮堤です。しかし、田老防潮堤は、平成23年03月11日の津波に飲み込まれ、田老地区に甚大な被害を及ぼしました。

 未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選【三陸津波伝承施設】

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