全国百選めぐり【奥能登の風景(能登町)】

到達記録(奥能登の風景)

 令和06年01月01日発生の能登半島地震によりお亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、被災された皆さまに心からお見舞い申し上げます。また被災者の救援のため災害派遣された自衛隊、復興のため活動されている皆様に敬意を表します。

 【奥能登の風景】シリーズは、【奥能登の風景(珠洲市)】【奥能登の風景(輪島市)】【奥能登の風景(舳倉島)】【奥能登の風景(能登町)】に分類してあります。

到達記録(能登の漁業伝統・胴船)

 平成25年07月31日、平成27年04月19日他、何度か訪問しました。

 胴船(どうぶね)は、樹齢200年以上のスギ材を利用した船です。

 胴船は、先端を三角形とする長い箱形が特徴ですが、機械船が一般化するに伴い、昭和30年頃から胴船の建造は終焉を迎えました。石川県能登町にある遠島山公園に展示されいました。

 能登内浦海域は、現在でも日本有数の定置網漁場となっていて、延徳03年(西暦1491年)の史料に「波並(はなみ)の鰤網(ぶりあみ)」とあることからかなりの歴史があることがわかっています。その定置網漁業で活躍したのがこちらの胴船です。

 現地は、少し寂しい雰囲気が漂う公園でした。なんとか風雨を防げそうな場所ですが、この保存方法では100年後には原型を維持出来ないのではないかと思わざるを得ない状態でした。

 未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選【能登の漁業伝統】

到達記録(能登の漁業伝統・庄次兵衛鯨伝説)

 平成27年04月19日他、何度か訪問しました。

 庄次兵衛鯨伝説は、庄次兵衛なる男が、死後、鯨となって村に恩返しをしたという伝説です。

 鯨伝説碑は、海岸線ではなく、内陸側の旧道と思しき林道の中にありました。特別案内表記があるわけでもなく、ただポツンと石碑がありました。未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選のハードルの高さを感じました。

 未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選【能登の漁業伝統】

到達記録(能登の漁業伝統・神目神社)

 平成27年04月19日他、何度か訪問しました。

 神目(かんのめ)神社は、石川県能登町字藤波16-150にある神社です。

 現地には、拝殿には大きなクジラの骨と思しき骨があり、ここだ!と思わず口に出してしまいました。

 加賀藩12代藩主・前田斉泰(まえだ なりやす)が鯨獲りを見学した情景を描いた絵馬「鯨獲絵馬」がこの神目神社に奉納されているはずですが、現地には誰もおらず現物を確認するには至りませんでした。

 未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選【能登の漁業伝統】

到達記録(奥能登の風景・鉢伏山)

 に訪問しました。

 鉢伏山(はちぶせやま)は、石川県輪島市と能登町に跨る標高543mの山です。

 山頂付近には低山帯には珍しいブナの原生林が残っており、21世紀に残したい日本の自然100選【鉢伏山】の選定直後、売却・伐採されそうになったっそうで、旧柳田村(後に合併して現在の能登町)が土地ごと買戻して、森を保護する方針を示しました。

 選定理由は「ブナ林を中心にサワクルミなどの大木が広がる。山岳信仰のやま」となっています。かつての鉢伏山は、古代奥能登修験道の霊地でもあったそう。

 21世紀に残したい日本の自然100選【鉢伏山】

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