全国百選めぐり【二本松城と奥州街道】

到達記録(二本松城)

 平成20年08月04日、平成22年10月13日、平成24年09月16日、平成29年08月14日、令和05年07月06日他、何度か訪問しました。

 二本松城(にほんまつじょう)は、福島県二本松市郭内にある城跡です。

 二本松城は、室町幕府より奥州探題に任ぜられた畠山高国(はたけやま たかくに)が居を構えたのが始まりとされています。畠山氏は後に二本松氏と名を変えます。

 この地域は、戦国時代には伊達政宗、蒲生氏郷、上杉景勝など有力大名の勢力下に入ります。

 江戸時代初期に丹羽光重(にわ みつしげ/丹羽長秀の孫)が二本松城を拡張し、代々丹羽家による藩政が行われ明治維新を迎えました。

 戊辰戦争では奥羽越列藩同盟に参加して旧幕府側として新政府軍と戦いましたが、その際動員された「二本松少年隊」の群像彫刻が印象的でした。

 現在は、霞ヶ城公園として整備されており、桜の名所として知られています。

 日本100名城【二本松城】

到達記録(奥州街道)

 平成20年08月04日、平成22年10月13日、平成24年09月16日、平成29年08月14日、令和05年07月06日他、何度か訪問しました。

 奥州街道(おうしゅうかいどう)は、江戸時代に整備された五街道(東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道)の一つです。

 江戸の【日本橋】を起点に東北に向かって伸びています。現在で言えば国道4号線ですね。五街道としての奥州街道は、正式には奥州道中(おうしゅうどうちゅう)と呼んだそうで道中奉行(どうちゅうぶぎょう)という役職を設け、幕府直轄で宿場町の管理などをしたのだとか。

 日本の道100選【旧奥州(陸羽)街道】の顕彰碑は、【二本松城】跡の手前の道沿いにありました。

 日本の道100選【旧奥州(陸羽)街道】

日本100名城の[前]を見る 日本100名城の[次]を見る
[日本100名城]に戻る

日本の道100選の[前]を見る 日本の道100選の[次]を見る
[日本の道100選]に戻る

[全国百選めぐり]に戻る

[トップページ]に戻る