全国百選めぐり【宇陀の風景】

到達記録(宇陀松山城)

 平成24年03月23日、平成30年05月05日、平成30年05月12日他、何度か訪問しました。

 宇陀松山城(うだまつやまじょう)は、奈良県宇陀市にある城跡です。

 宇陀松山城は、南北朝時代の築城とされています。代々宇陀郡の有力国人・秋山氏の居城でしたが、戦国時代後期、豊臣秀長の支配下に置かれました。

 元和元年(西暦1615年)に廃城となりました。便宜上、宇陀松山城とされていますが、正式には「松山城」が正しく、秋山氏の時代では「秋山城」と呼ばれていたのだとか。

 まちづくりセンター「千軒舎」の脇道から登っていきます。車用の登山道と駐車場が整備されていましたが、訪問時はまだ徒歩で登るしかないようでした。城跡まで600mほどでした。現地では、石垣や曲輪の他、山城特有の遺構が残っています。

 続・日本100名城【宇陀松山城】

到達記録城下町・宇陀市松山

 平成24年03月23日、平成30年05月05日、平成30年05月12日他、何度か訪問しました。

 宇陀市松山地区は、奈良県宇陀市松山にある伝統的建造物群保存地区です。

 宇陀市松山地区は、【宇陀松山城】の城下町として発展した地区です。重伝建の指定範囲は、宇陀松山城と宇陀川の間を通る街道沿いに南北に広がっています。江戸時代末期から昭和時代初期に建築された平入玄関の建物が並んでいます。

 現地では、道の駅「宇陀路大宇陀」に車を止めての観光になるかと思いますが、観光客は疎らで少々寂しい雰囲気もあります。

 重要伝統的建造物群保存地区【宇陀市松山】

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