046.江佃漁民ゆかりの地の碑

公式引用

 1582年徳川家康公がこの地に立ち寄られ、多田神社(現在池田市)に参詣の時、田蓑嶋漁夫等、漁船をつかって、神崎川の渡船を勤めた縁により、漁民等には「全国どこで漁をしても良し、又税はいらない」という特別の褒美をいただき、漁業の一方、田も作れと命じられ、その意をもって田蓑嶋を佃と改めた。

 その後、佃漁民らは江戸によびよせられ、隅田川河口に移り住み、佃島と名付けられた。 現在は、大阪の佃小学校と東京佃島小学校で地域交流を行なっている。

到達記録

 平成23年04月02日、平成30年05月05日他、何度か訪問しました。

 大阪府と兵庫県の間にある神崎川に挟まれた小さな島にあります。入り組んでいるので再訪した際も少し迷いました。

 実質的なターゲットは、田蓑神社(たみのじんじゃ)となります。千舟リバーサイドヴィラと名付けられた三棟連なる高層マンションの手前にある東佃公園から入れました。田蓑神社専用の駐車場もありますが、路地が狭いため、東佃公園からの方が確実で安全と思います。

 現地では御朱印の書置きもあり、金額指定ではなくお志で、との張り紙がありました。

 神社仏閣めぐり【未分類の神社・御朱印めぐり】未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選【江佃漁民ゆかりの地の碑】

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