全国百選めぐり【和歌山郊外の百選】
| 到達記録(和歌山市) | |
和歌山市内の百選は、【和歌山市の百選】と【和歌山郊外の百選】の2つに別れています。 |
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| 到達記録(紀三井寺・清浄水) | |
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平成22年06月05日、平成23年11月05日、平成25年03月30日、令和元年10月30日他、何度か訪問しました。 紀三井寺の三井水(さんせんすい)は、和歌山県和歌山市にある紀三井寺の境内にある湧水です。紀三井寺は、西国三十三観音霊場2番札所です。 三井水は、紀三井寺の名の由来となった湧水で、初代紀州藩主・徳川頼宣(とくがわ よりのぶ)が三井水を整備したことが記録として残されています。 清浄水は、紀三井寺の山門を潜ってすぐ、右手に見えてきます。水量もちゃんとあり、三井水の中で一番良い状態で現存しています。 昭和の名水百選【紀三井寺の三井水】。 |
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| 到達記録(紀三井寺・楊柳水) | |
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平成22年06月05日、平成23年11月05日、平成25年03月30日、令和元年10月30日他、何度か訪問しました。 紀三井寺の三井水は、和歌山県和歌山市にある紀三井寺の境内にある湧水です。 楊柳水は、日本の名水百選に認定されたのを期に復興されましたが、現在再び滝の流れは止まり、荒廃しています。 昭和の名水百選【紀三井寺の三井水】。 |
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| 到達記録(紀三井寺・吉祥水) | |
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平成22年06月05日、平成23年11月05日、平成25年03月30日、令和元年10月30日他、何度か訪問しました。 紀三井寺の三井水は、和歌山県和歌山市にある紀三井寺の境内にある湧水です。 吉祥水は、境内の裏門から200mほど西に歩いた所にあります。三井水の中でも一番荒廃が進んでいます。昭和初期に起こった土砂災害が原因と言われていますが、完全に断水していました。 昭和の名水百選【紀三井寺の三井水】。 |
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| 到達記録(友ヶ島灯台) | |
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平成30年05月18日に訪問しました。 友ヶ島灯台(ともがしまとうだい)は、和歌山県和歌山市加太沖の友ヶ島の沖ノ島に建つ灯台です。 友ヶ島灯台は、明治05年(西暦1872年)に日本で8番目の西洋式灯台として初点灯されました。 イギリスが派遣してくれたリチャード・ヘンリー・ブラントンさんの設計で、大坂条約によって建設された5基の洋式灯台の一つです。但し給料は明治政府持ちです。 明治23年(西暦1890年)に、由良要塞(ゆらようさい)第一砲台建設のため、東に25m移設されました。 友ヶ島灯台は、経済産業省の「近代化産業遺産」、文化庁の「登録有形文化財」、海上保安庁の「保存灯台」に指定されています。保存灯台の中では、特に歴史的・文化財的価値が高いAランク(23基)の一つとなっています。 条約灯台13基【友ヶ島灯台】。 |
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| 到達記録(友ヶ島の砲台跡地) | |
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平成30年05月18日に訪問しました。 友ヶ島(ともがしま)は、和歌山県和歌山市加太沖に浮かぶ島です。 友ヶ島は、地ノ島、神島、沖ノ島、虎島の4つの島の総称として呼ばれているようで、上陸できるのは沖ノ島となります。 明治時代、外敵が瀬戸内海に侵入するのを阻止するため、対艦用の砲台の整備が進められ要塞化されましたが、大東亜戦争終結まで出番はなく現在は廃墟となっています。 現地駐車場は700円、乗船券は2,000円でした。約20分ほど揺られて沖ノ島に上陸です。ラピュタになぞらえることも多い島で、神秘的な雰囲気のレンガ造りの廃墟が広がっています。 第三砲台跡地を中心に見事な砲台跡地が残っています。平成30年05月17日に訪問した際は、天気の都合で復路船の時間制限がありましたが、堪能することが出来ました。 名もなき旅人の百選【友ヶ島の砲台跡地】。 |
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