全国百選めぐり【長野市の百選】

到達記録(長野市)
到達記録(松代城)

 平成20年08月07日、平成22年10月09日、平成24年10月14日、平成30年08月12日他、何度か訪問しました。

 松代城(まつしろじょう)は、長野県長野市松代町松代にある城跡です。

 武田晴信(後の信玄)が川中島地域の拠点城郭として整備した海津城(かいづじょう)が始まりです。千曲川の流れを外堀とする天然の要塞だったことが窺えます。

 江戸時代に入って、徳川家の宿敵となった父と弟を持つ真田信之(さなだ のぶゆき)が藩主となり、真田家のまま明治維新を迎えました。何故か猪武者であった弟の真田信繁(さなだ のぶしげ)の方が評価されていますが、兄の方が遥かに優れた人物に思えます。

 松代城は、明治維新後の廃城により、石垣のみの状態でしたが、国の史跡【松代城跡 附 新御殿跡】に指定された後、復元整備の機運が高まり、現在はしっかり整備されています。

 日本100名城【松代城】

到達記録(善光寺)

 平成24年10月14日、平成30年08月12日他、何度か訪問しました。

 善光寺(ぜんこうじ)は、長野県長野市元善町491にある無宗派の単立寺院です。

 善光寺は、山内にある天台宗の「大勧進」と25院、浄土宗の「大本願」と14坊によって運営されています。

 信州の山深い立地をしていても多くの参拝客が訪れている寺院で、別格な雰囲気に包まれています。参道も賑やかで、参拝後の寄り道も楽しいです。

 創建1400年以上の歴史ある寺院で「遠くとも一度は詣れ善光寺」や「一生に一度は参れ善光寺」とも慣用句のように言われています。西国三十三観音霊場特別札所【善光寺】坂東三十三観音霊場巡礼札所【善光寺】、日本百観音霊場のお礼参りの寺院にされることも多いです。

 平成20年(西暦2008年)、中国共産党が主導する北京オリンピックの聖火リレーの出発式会場から辞退を表明した上で、中国共産党がチベット人や仏僧を一方的に弾圧、虐殺した「チベット騒乱」の犠牲者への追悼法要を実施した姿勢に、多くの人々から拍手が送られました。

 多くの国々が暴力的な侵略者である中国共産党に卑屈な外交を強いられている中、一つの仏教寺院が平和的な信仰を守るため、巨悪に毅然とNOを示したことに感嘆を禁じえません。

 残したい日本の音風景100選【善光寺の鐘】名もなき旅人の百選【遠くとも一度は詣れ善光寺】

到達記録(奥裾花渓谷)

 に訪問しました。

 奥裾花渓谷(おくすそばなけいこく)は、長野県長野市鬼無里(きなさ)にある河川、渓谷です。

 奥裾花渓谷は、川が堆積岩の地層を切って流れているために、至る所で特徴的な岩や地質を見ることができます。21世紀に残したい日本の自然100選【奥裾花渓谷】の選定理由は「4月下旬から約1ヶ月、約80万本のミズバショウがさきほこる」となっています。新緑の時期が選定理由になっていますが、紅葉のシーズンの評判も上々です。

 21世紀に残したい日本の自然100選【奥裾花渓谷】日本の秘境100選【奥裾花】

到達記録(長野市立博物館)

 に訪問しました。

 長野市立博物館(ながのしりつはくぶつかん)は、長野県長野市小島田町1414にある博物館です。

 長野市立博物館は、昭和56年(西暦1981年)の完成で川中島古戦場として知られている八幡原史跡公園の一角にあります。休館日は月曜日です。公共建築百選【長野市立博物館】の顕彰碑はどこでしょうか?

 公共建築百選【長野市立博物館】

到達記録(長野市戸隠)

 平成24年10月14日、令和03年05月13日他、何度か訪問しました。

 長野市戸隠(とがくし)地区は、長野県長野市戸隠にある伝統的建造物群保存地区です。

 長野市戸隠地区は、山岳修験道と深く結びついた戸隠信仰を背景として発展した門前町、宿坊群です。戸隠神社中社・宝光社の参道には江戸時代の姿を伝える茅葺屋根の宿坊が並び、旅気分を盛り上げてくれます。

 中社の集落と宝光社の集落の2つの集落を合わせて当該重伝建の認定となっています。

 重要伝統的建造物群保存地区【長野市戸隠】

到達記録(慶師沖の棚田)

 令和03年05月13日に訪問しました。

 慶師沖(けいしおき)の棚田は、長野県長野市大岡にある棚田です。

 慶師沖の棚田は、山の斜面に約22枚の水田が段々に並んでいます。標高800mの高原にある長方形に整備された棚田です。明らかに圃場整備が行われた棚田です。ここは現地よりも近くの丘から見下ろす方が棚田感があって良いですね。

 長野市大岡地区では、日本の棚田百選が3つも選ばれており、もう少し絞ればちゃんと100選になったのではないかと思いますが、134選になったのは政治的な匂いもそこはかとなく。

 日本の棚田百選【慶師沖の棚田】

到達記録(根越沖の棚田)

 令和03年05月13日に訪問しました。

 根越沖(ねごしおき)の棚田は、長野県長野市大岡にある棚田です。

 根越沖の棚田は、山の斜面に約24枚の水田が段々に並んでいます。日本の棚田百選選定後に、圃場整備が行われ、近代的な長方形で均一の棚田に生まれ変わっています。これも一つの立派な選択肢だと思います。

 日本の棚田百選【根越沖の棚田】

到達記録(原田沖の棚田)

 令和03年05月13日に訪問しました。

 原田沖(はらだおき)の棚田は、長野県長野市大岡にある棚田です。

 原田沖の棚田は、山の斜面に約25枚の水田が段々に並んでいます。同じ地区にある慶師沖の棚田や根越沖の棚田のように圃場整備が行われておらず、曲線状の棚田のまま残っています。耕作放棄地までいかずとも休耕地に思える区画がありました。

 日本の棚田百選【原田沖の棚田】

到達記録(塩本の棚田)

 令和03年05月13日に訪問しました。

 塩本(しおもと)の棚田は、長野県長野市信州新町竹房にある棚田です。

 塩本の棚田は、山の斜面に約90枚の水田が段々に並んでいます。この塩本の棚田ですが、棚田の枚数を約260枚としているサイトがあったり、棚田ハンターによって認識している耕作範囲は違うのかもしれません。

 現地では、北アルプスも棚田と一緒に目に入ってくる辺りの場所が撮影ポイントかと思いますが、近くに駐車場が見当たりませんでした。

 日本の棚田百選【塩本の棚田】

到達記録(栃倉の棚田)

 令和03年05月13日に訪問しました。

 栃倉(とちくら)の棚田は、長野県長野市中条御山里にある棚田です。

 栃倉の棚田は、山の斜面に約50枚の水田が段々に並んでいます。山姥(やまうば)伝説の残る虫倉山(むしくらやま)の中腹に広がっています。

 近代的な圃場整備が行われており、長方形型の棚田となっています。現地にはしっかりとした案内があり、安心です。

 日本の棚田百選【栃倉の棚田】

到達記録(大西の棚田)

 令和03年05月13日に訪問しました。

 大西(おおにし)の棚田は、長野県長野市中条日下野にある棚田です。

 大西の棚田は、山の斜面に約10枚の水田が段々に並んでいます。現地では、明らかに耕作放棄地が広がっています。調べてみると、一人の地権者の頑張りで耕作が維持されているのだとか。将来的に厳しそうです。

 長野市中条地区では、日本の棚田百選が3つも選ばれており、もう少し絞ればちゃんと100選になったのではないかと思います。

 日本の棚田百選【大西の棚田】

到達記録(田沢沖の棚田)

 令和03年05月13日に訪問しました。

 田沢沖(たざわおき)の棚田は、長野県長野市中条御山里新井にある棚田です。

 田沢沖の棚田は、山の斜面に約18枚の水田が段々に並んでいます。田沢沖の棚田は、昭和20年代に畑を水田に作り変えたのが開田の始まりとされています。

 現地にある案内板がかなり意地悪な設置になっており現地を発見するまで大変時間がかかりました。

 日本の棚田百選【田沢沖の棚田】

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