全国百選めぐり【松野町の風景】
到達記録(河後森城) | |
![]() |
![]() |
平成30年05月22日他、何度か訪問しました。 河後森城(かごもりじょう)は、愛媛県北宇和郡松野町松丸にある城跡です。 築城年度が正確にはわかっていない城跡です。歴史の表舞台に登場するのは、土佐国一条氏から養子に入った河原渕教忠(かわらぶち のりただ)が城主を務めていた頃から。 長宗我部家の侵攻や豊臣秀吉の四国成敗を経て、宇和島藩伊達氏の家老・桑折氏の居城となるも一国一城令で廃城になったとされています。 現地の整備は進んでおり、順々に曲輪を登っていく山城です。国の史跡【河後森城跡】に選ばれています。 続・日本100名城【河後森城】。 |
|
![]() |
|
到達記録(奥内の棚田) | |
![]() |
![]() |
令和04年07月06日他、何度か訪問しました。 奥内(おくうち)の棚田は、愛媛県北宇和郡松野町蕨生にある棚田です。 奥内の棚田は、山の斜面に約300枚の水田が段々に並んでいます。遊鶴羽(ゆずりは)集落を中心に棚田を形成されていましたが、下組、本谷、榎谷、遊鶴羽の4つの集落の総称として日本の棚田百選【奥内の棚田】と認定されているようです。 奥内の棚田は、江戸時代中期頃の開田とされていますが、源平合戦の後に平家の落人が隠れ住み、少しずつ棚田を広げていったという伝説も残っています。 まるで城塞都市のような美しい石垣棚田でした。日本の棚田百選でもベスト10に入る棚田だと思います。 日本の棚田百選【奥内の棚田】。 |
|
![]() |
続・日本100名城の[前]を見る 続・日本100名城の[次]を見る
[続・日本100名城]に戻る
日本の棚田百選の[前]を見る 日本の棚田百選の[次]を見る
[日本の棚田百選]に戻る
[全国百選めぐり]に戻る
[トップページ]に戻る