未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選【南房総捕鯨伝承施設】
到達記録(和田浦鯨体処理場) | |
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令和元年12月30日に訪問しました。 和田浦鯨体処理場(わだうらげいたいしょりじょう)は、千葉県南房総市和田町和田にある鯨の解体施設です。 毎年6月20日より8月31日までがツチ鯨の漁期となり、現地法人の方針で解体作業を一般にも公開されています。とても良いことだと思います。 国際捕鯨委員会(IWC)脱退の英断もあり、商業捕鯨の再開に繋がると思いますので安価な鯨肉が流通すれば良いですね。 未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選【南房総捕鯨伝承施】。 |
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到達記録(長性寺・鯨塚) | |
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令和元年12月30日に訪問しました。 長性寺(ちょうしょうじ)は、千葉県南房総市千倉町千田1635にある真言宗の寺院です。 明治29年(西暦1896年)に鯨を捕獲した時、鯨は神から授かった大切な恩恵であると住民は思い、鯨の肉部分については住民が食用として分配した。そして心臓部を埋葬し供養することになり、鯨塚を建立して手厚く供養しました。現地では、境内に向かって左手から入っていくと鯨塚と出会います。 未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選【南房総捕鯨伝承施】。 |
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公式引用 | |
勝山村(現安房郡鋸南町)は、江戸時代から続く房総捕鯨発祥の地であり、房総捕鯨の祖である醍醐家は代々新兵衛を称し、船乗りのグループである鯨組や解体するグループである出刃組、鯨油を摂る釜前人足など組織化された捕鯨業の総元締めとして、また、大名主として村を指導していた。 明治になり、勝山の捕鯨は終わりを告げるが、板井ケ谷の弁才天境内にある数十基の石宮は鯨塚と呼ばれ、ひと夏の捕鯨の漁期が終わるごとに出刃組が鯨への感謝と供養を兼ねて一基ずつ建立したもので、歴史的にも勝山の捕鯨を伝える貴重な文化遺産である。 |
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到達記録(醍醐新兵衛墓所) | |
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平成24年10月21日に訪問しました。 醍醐新兵衛(だいごしんべえ)墓所は、千葉県安房郡鋸南町勝山316にある妙典寺にある墓所です。 房総捕鯨の祖である醍醐家は代々新兵衛を称し、船乗りのグループである鯨組や解体するグループである出刃組、鯨油を摂る釜前人足など組織化された捕鯨業の総元締めとなり、大名主として村を指導していたそう。その人たちの墓所が選ばれています。 現地には情報が少なく、わかりづらかったです。墓地の奥、山側から見下ろす場所に墓石がありました。 未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選【南房総捕鯨伝承施】。 |
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