550.日本7周目その144:興国寺城を登ろう!


 平成30年08月01日08時半からスタートです。


 駿河国四宮【伊河麻神社】を参拝です。

 伊河麻神社(いかまじんじゃ)は、静岡市駿河区稲川1-10-15にある神社です。


 伊河麻神社は、社伝によると、白鳳04年(西暦675年)に創建されたと伝えられています。

 武田信玄が駿河国に侵攻した際に戦火に遭い、社殿が焼失し、江戸時代末期に再建されたそう。無人の神社で御朱印は頂けませんでした。


 駿河国三宮【御穂神社】を参拝です。

 御穂神社(みほじんじゃ)は、静岡市清水区三保1073にある神社です。


 御穂神社は、社伝によると、崇神天皇の時代に三保の海岸に神が降臨したと伝えられ、古くから三保の地に鎮座していました。

 三保の松原は、日本三大松原の一つとされています。


 ご朱印を頂けました。


 三保の松原(みほのまつばら)です。

 三保の松原は、静岡市清水区にある防砂林、松林、海岸です。国の名勝【三保松原】に指定されています。

 三保の松原は、【気比の松原】【虹の松原】と合わせて日本三大松原とされています。世界文化遺産【富士山-信仰の対象と芸術の源泉】の構成資産の一つになっています。


 三保の松原では、大事に保護されている「羽衣の松」があります。

 天女と地元の漁師との交流を描いた「羽衣伝説」の舞台として伝承が残っています。


 約3万本の黒松が叢生しており、中には強風に耐え忍んだであろう松の木もありました。


 玉露抹茶ソフトを頂きます。


 駿河国二宮【豊積神社】を参拝です。

 豊積神社(とよつみじんじゃ)は、静岡市清水区由比町屋原185にある神社です。


 豊積神社は、社伝によると、景行天皇の時代、日本武尊が東征の際にこの地で豊受大神(とようけのおおかみ)を祀ったのが始まりと伝えられています。


 書置きですが、ご朱印を頂きました。駿河国二宮と印字されています。


 穂見神社(ほみじんじゃ)です。

 ここで続・日本100名城【興国寺城】のスタンプを押印です。


 穂見神社が鎮座しているのが、続・日本100名城【興国寺城】の本丸跡地となっています。

 興国寺城(こうこくじじょう)は、静岡県沼津市根古屋にある城跡です。


 天守台の石垣です。

 興国寺城は、築城者、築城年など詳細不明ですが、北条早雲が入り、伊豆攻めの拠点にしたとされています。

 興国寺城のある沼津は戦国時代、今川氏、武田氏、北条氏という有力な戦国大名による激しい争奪戦が繰り広げられたエリアで、支配者の交代も頻繁で城郭の整備に力を入れられたことも想像に難くない城跡です。


 天守台です。

 武田氏の滅亡後は徳川氏の所領となり、関ヶ原の戦いの後、天野康景(あまの やすかげ)が入封し興国寺藩が成立しましたが、その後出奔し改易となり慶長12年(西暦1607年)03月に廃城となりました。


 天守台からの展望です。


 本丸を守る土塁跡がしっかり残っています。


 右下に穂見神社の屋根が映っているので、土塁の高低差がよくわかります。


 天守台の北側は大規模な空堀となっていますが、工事中でしたので、どんどん復元保存されるのかもしれません。


 静岡県ですが「池袋ばんから」さんで昼食にします。


 看板メニューっぽい「ばんからラーメン」にしました。ご馳走様です。

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