504.日本7周目その98:松前城と勝山館


 平成30年06月29日06時からスタートです。


 道の駅「なないろ・ななえ」から出発します。


 道の駅「みそぎの郷きこない」に立ち寄ります 。


 朝食にセイコーマートを利用します。

 北海道でコンビニと言えばセイコーマートってなる位に地元密着のコンビニです。でも何故か茨城県にもあります。不思議だね。


 セイコーマートは営業時間短いけどコスパの良い食べ物が多い気がします。


 白神岬(しらかみみさき)に到着です。

 白神岬は、北海道松前郡松前町にある北海道最南端の岬ですが、道路沿いにポッと出てくる場所にあります。

 半島や先端にもなっていないので、扱いもとても小さいです。


 日本100名城【松前城】に到着です。

 松前城(まつまえじょう)は、北海道松前郡(まつまえぐん)松前町(まつまえちょう)にある城跡です。


 松前城は、江戸時代後期、安政元年(西暦1855年)に松前藩が、居城の福山館を拡張する形で築城した北海道内で唯一つの日本式城郭で、ロシア艦隊来航に対する警備を目的として建築されました。

 松前城は、明治維新の際には、榎本武揚(えのもと たけあき)率いる旧幕府軍の攻撃にあい、落城しています。


 小雨の中ですが、ツツジが映えますね。


 松前城は、別名、福山城とも呼ばれています。

 現地の石碑でもわかるように江戸時代には、公式には福山城(ふくやまじょう)と記されていたようです。広島県にある【福山城】との混同を避けるため為、松前城と呼ばれるようになったとか。


 昭和24年(西暦1949年)、失火により天守が炎上焼失しました。

 現在の天守は、昭和36年(西暦1961年)に鉄筋コンクリート造りで再建された模擬天守で、博物館になっています。


 こちらは松前城とされている石碑です。

 石碑には「旧松前城本丸表御殿玄関」とあります。


 世代の違う石垣なのか積み方が違う石垣です。


 こちらも左右の石垣で積み方が違います。復元保存も道半ばなのでしょうか。

 ぐるっと一周してみましたが、石垣自体は高くないです。松前城の石垣は、地元で産出する火山礫凝灰岩(かざんれきぎょうかいがん)が使用されていることから、緑色を帯びている特徴があるのだとか。言われてみればそう見えます。


 続・日本100名城【上ノ国勝山館】に到着です。

 勝山館(かつやまだて)は、北海道檜山郡(ひやまぐん)上ノ国町勝山にある夷王山(いおうざん)中腹に広がる館跡です。

 勝山館は、寛正03年(西暦1462年)頃、武田氏出身の蠣崎信広(かきざき のぶひろ)が築城したとされています。


 天気に恵まれませんでしたが、展望が広がっています。

 蠣崎信広は、松前藩の祖とされています。息子の蠣崎光広(かきざき みつひろ)の時代、永正11年(西暦1514年)に松前の徳山館に本拠を移転して以降は、勝山館は副城扱いとなり、「和喜の館」と呼ばれていました。


 発掘調査では数多くの住居や出土遺物のほか、アイヌが使用した骨角器や和人墓と隣接したアイヌ墓が発掘されていることから、勝山館では、敵対的ではない形で本土出身者とアイヌ人が混住していたのではないかと考えられています。


 夷王山は、標高159mの山で、山頂には社がありました。

 天気に恵まれれば素晴らしいロケーションと言えます。エゾヤマツツジの名所としても有名で満開となる6月には「夷王山まつり」が開催されるのだとか。


 こちらも再訪ポイントかな。

 北海道なのでなかなか簡単に再訪は出来ないけど、再訪ポイントとして記録に残しておこう。


 勝山館跡ガイダンス施設です。

 勝山館跡ガイダンス施設は、北海道檜山郡上ノ国町勝山427にある展示施設、資料館です。こちらで続・日本100名城【上ノ国勝山館】のスタンプ押印です。


 今日は風が強いので風力発電が活躍中です。


 道の駅「らんこし・ふるさとの丘」に立ち寄ります。


 こちらで昼食を頂きます。カレーそばを注文します。

 蕎麦や葱の風味をカレーがやっつけてしまい、コンセプトが不明な一品です。

 カレーうどんやカレーラーメンは美味しいのにね。久しぶりに不味い!と思ってしまいました。ご馳走様です。

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