500.日本7周目その94:高田城と春日山城


 平成30年06月26日16時からです。


 続・日本100名城【高田城】に攻城です。

 高田城(たかだじょう)は、新潟県上越市本城(もとしろ)町にある城跡です。別名、高陽城(こうようじょう)です。


 本丸南側にある駐車場に車を停めて、橋を渡れば、本丸跡の石碑と出会います。

 高田城は、慶長19年(西暦1614年)に徳川家康の六男・松平忠輝の居城として天下普請によって造られました。

 たった4ヶ月の工事期間で完成した城郭で、近代城郭の中では土塁中心の縄張りになっています。


 現地は高田城址公園として整備されており、土塁や曲輪に沿って紫陽花や桜が植樹されています。


 三重櫓です。

 天守扱いであった三重櫓は、明治03年(西暦1870年)に本丸御殿とともに焼失しており、現在の三重櫓は、平成05年(西暦1993年)に再建されたものです。


 普通に考えればこの三重櫓に続・日本100名城【高田城】にスタンプがあるわけですが、当日は広範囲に工事中でした。

 続・日本100名城【高田城】のスタンプは、管理棟にあり、認定証も管理棟に掲示されていました。


 紫陽花が美しいです。


 続・日本100名城に選抜されてから大規模な整備に予算が付いたんかなぁ。

 本丸を西側の橋から出ます。

 本丸の北側6〜7割が、上越教育大学附属中学校の敷地となっており、自由に探索できるのは、南側3〜4割位となっています。


 高田城は、輪郭式と呼ばれる縄張りになっており、本丸を中心に二の丸、三の丸が囲む形となっています。

 大規模な水堀に守られた城郭で、明治41年(西暦1908年)に帝国陸軍13師団の駐屯地になり、埋め立てられたとされていますが、現在も本丸を囲う本城堀と西堀、南堀などが残されています。


 本日ラストに日本100名城【春日山城】の攻城です。

 春日山城(かすがやまじょう)は、新潟県上越市にある城跡です。

 現地にある案内板に従って登っていきます。


 三の丸跡です。

 春日山城は、南北朝時代に越後国守護・上杉氏による築城とされています。

 春日山の山頂にあり、上杉謙信、景勝などの居城になりました。


 米倉跡です。土塁に囲まれているように見えます。

 江戸時代になると、山城から利便性の高い直江津港の近くに福島城が整備されたことで、慶長12年(西暦1607年)に廃城となりました。


 二の丸跡です。

 江戸時代になると、山城から利便性の高い直江津港の近くに拠点が移り、廃城となりました。


 天守跡地です。


 本丸跡地です。

 攻略した〜!と思えるので、こういう城跡碑があると一安心です。


 本丸跡地からの展望です。越後平野が見渡せます。


 毘沙門天堂です。


 上杉謙信が、出陣前や重大な決断をする前に籠もった毘沙門天堂ってこんなに本丸と近かったんだ。


 御花畑址とありますね。

 解説によれば、薬草園だったのだとか。なるほどね。


 直江さんの邸宅跡地です。


 空堀もしくは堀切です。


 春日山城を時計回りにめぐって春日山神社(かすがやまじんじゃ)に降りてきました。

 春日山神社は、新潟県上越市大豆1743にある神社です。


 春日山神社は、明治34年(西暦1901年)に、山形県米沢市の上杉神社より分霊を受けて建立された新しい神社です。


 主祭神は、上杉謙信です。境内には、「毘」の旗がなびいています。


 門前の湯さんで汗を流します。今日は結構、歩いたな。

 門前の湯さんは、新潟県上越市下門前1901にある入浴施設です。日帰り入浴420円と優しい設定でした。

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