494.日本7周目その88:八幡山城と鎌刃城


 平成30年06月24日08時からスタートです。


 3日間ほど自宅で休養して、本日から北進開始です。


 名神高速「菩提寺PA(上り)」で朝食です。ご馳走様です。


 日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)を参拝です。

 日牟禮八幡宮は、滋賀県近江八幡市宮内町257にある神社です。


 日牟禮八幡宮は、古くから近江商人の信仰を集め、周辺は続・日本100名城【八幡山城】の城下町として重伝建地区の指定を受けています。

 今回の旅も素晴らしいものになりますように(お参り)。


 金の鳩さん。

 どうやらこの金の鳩さんは、氏子さんの金婚記念で奉納されたものだとか。おめでとうございます。


 平成30年05月04日にも行きましたが、続・日本100名城【八幡山城】のスタンプを貰いに来ました。


 八幡山ロープウェーを使って続・日本100名城【八幡山城】です。

 八幡山城(はちまんやまじょう)は、滋賀県近江八幡市宮内町にある城跡です。

 八幡山城は、豊臣秀吉の時代、紀州攻め、四国征伐で副将格で戦陣に入り武勲を立てた甥の豊臣秀次が近江八幡20万石を与えられ築城を開始しました。


 写真は本丸下の石垣です。

 八幡山城は、秀吉自身が普請の指揮を取り、安土城の城下町を八幡山麓に移しました。

 しかし、豊臣秀頼の誕生により状況は一遍。数年後には秀次は謀反の疑いがかけられ自害させられてしまいます。八幡城も10年と持たず廃城となりました。


 前回訪問時とは違って非常に素晴らしい天気です。

 まぁ天気が良かったので出発日に選んだのですが。


 恋人の聖地【八幡山ロープウェー】のオブジェです。


 昭和38年(西暦1963年)、豊臣秀次の母であり、豊臣秀吉の姉でもある日秀尼(にっしゅうに)が住職を務めた村雲門跡・瑞龍寺(ずいりゅうじ)が本丸跡に移転しています。

 瑞龍寺は、滋賀県近江八幡市の八幡山山頂にある日蓮宗の門跡寺院です。


 瑞龍寺は日蓮宗寺院で唯一の門跡寺院となり別名・村雲御所です。

 こちらで御城印を購入です。


 猫ちゃん発見。


 恋人の聖地【八幡山ロープウェー】の顕彰碑です。

 続・日本100名城【八幡山城】のスタンプは、ロープウェイ山頂駅に置かれています。


 続けて「源右衛門案内パンフレットボックス」に訪問です。

 源右衛門案内パンフレットボックスは、滋賀県米原市番場1844にある続・日本100名城【鎌刃城】のスタンプ置場です。


 続・日本100名城【鎌刃城】の攻城に向かいたいのですが、ルートが遮断されています。


 仕方が無いので、林道滝谷武奈線を使って、ぐるっと迂回して攻城開始します。

 ちゃんとした駐車場はないけど、数台停めれそうなスペースはあります。


 鎌刃城(かまはじょう/かまのはじょう)は、滋賀県米原市にある城跡です。

 鎌刃城は、鎌倉時代に築城されたのが始まりとされています。

 戦国時代、織田信長の近江侵攻の際、鎌刃城城主の堀氏は、織田方に寝返るも後年、追放され織田氏の直轄地となります。


 尾根上から進んで行くと、堀切と出会います。


 攻城しやすいように案内板が多数設置されています。

 尾根沿いに堀切が多数あり、道を外れてしまうと少々大変でした。国の史跡【鎌刃城跡】です。


 主郭となる曲輪です。


 ごぉーる!

 石碑が新しいです。


 主郭跡地からの展望です。

 琵琶湖が見えますね。


 主郭の枡形虎口跡です。

 桝形虎口は、桝形の出入口という意味で、四角くなっている出入口です。ここでは石積みで補強されています。


 山城らしく尾根沿いを歩くと掘切が続々と出てきて楽しいです。

 鎌刃城は、主郭を中心にT字になった縄張りとなっており、どの方向に進んでも堀切と小さな曲輪が続きます。


 その後、帰路に付きますが、ロープや案内板のあるルートを少しでも外れると、少々大変でした。

 山城は慎重にいかないとね。

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