1196.北陸の旅その43:富岩水上ラインで中島閘門に行こう!


 令和07年07月10日07時半からのスタートです。


 松倉城(まつくらじょう)跡を訪ねます。

 松倉城は、富山県魚津市鹿熊字城山にある城跡です。


 松倉城は、越中守護代であった椎名氏が拠点を置いた城郭で、天正04年(西暦1576年)に上杉謙信によって攻略され、上杉方の城となります。

 天正10年(西暦1582年)に織田軍の北陸方面軍を率いた柴田勝家は、松倉城を落とし、上杉方は越中国における橋頭保を失いました。しかし、京都では「本能寺の変」が起こっていたのでした。


 本丸跡地にある石碑です。


 本丸跡地からのロケーションは良好ですが天気はイマイチです。


 本丸跡地の南側には大きな堀切を隔てて八幡堂が建立されています。


 本丸跡地から見た二の丸跡地です。

 松倉城は、南西に本丸跡地があり、北東に向って曲輪が連続する典型的な連郭式山城です。


 二の丸側から見た本丸跡地です。こちらもかつては大きな堀切で隔てられていたんだろうと思います。

 しかし、今はこの堀切下にある駐車場から簡単に攻城されてしまう可哀相な松倉城です。


 滑川市民交流プラザに立ち寄って、滑川市Aのマンホールカードを頂きます。


 富岩(ふがん)水上ラインで観光クルーズを楽しみます。


 お一人様2,000円です。


 環水公園から中島閘門(こうもん)を見学して戻ってくる70分コースです。


 こちらが中島閘門です。中島閘門は、富岩運河の建設にあわせて、昭和09年(西暦1934年)に造られました。


 水位差を二対の扉で調節しています。パナマ運河と同じ方式です。


 最大2.5mの水のエレベータとなります。


 中島閘門は、昭和期に造られた土木構造物としては全国で初めて、国の重要文化財に指定されました。昭和期と条件が付いていますが、歴史的価値のある土木技術であることは伝わってきます。


 上陸して閘門操作室の見学タイムです。


 何故かとても窮屈そうな浴室も展示されています。

 今は賃貸アパートでも立派な浴室が付いていますが、この時代の浴室だと私のサイズ感だと入れんのじゃなかろうか。


 閘門操作室の見学が終わると中島閘門カードを頂けます。黒部ダムに有峰ダムもそうですが、富山県のダムカード収集はとても大変です。


 JR西日本の富山駅に連結している路面電車の駅です。

 普段電車に乗らないので、今回調べていて知りましたが富山駅ってJR東日本ではなく、JR西日本やったんや。


 路面電車等公共交通案内所に立ち寄って富山市Hのマンホールカードを頂きます。


 妻の風景印待ち中です。

 路面電車、風情があって良いのだけれど、ドライバー目線ではちょっと不安に感じる存在です。


 妻のリクエストで、ささら屋さんに入ります。


 富山県産イチゴを使用って書いてあったのでイチゴにしました。カキ氷も高くなったね。美味しいけど、私はもう少し小さいサイズで良いかな。


 和田川(わだがわ)ダムを訪ねてダムカードを頂きます。

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