全国百選めぐり【嵐山町の百選】

到達記録(菅谷館)

 平成30年08月02日に訪問しました。

 菅谷館(すがややかた)は、埼玉県比企郡(ひきぐん)嵐山町菅谷757にある城跡です。別称として、菅谷城(すがやじょう)です。

 菅谷館は、鎌倉幕府の有力御家人・畠山重忠(はたけやま しげただ)の居館跡とされています。

 菅谷館は、室町時代には長享の乱(ちょうきょうのらん)で山内上杉家と扇谷上杉家が激しく争った際の舞台の一つとされています。

 長享の乱では、山内上杉家が勝利しますが、20年近い戦乱で共倒れに近い形で勢力を失い、後北条氏に全部持っていかれるという結果が待っています。

 遺構で言えば、高い土塁と深い堀に囲まれており、本丸の北、西、南側を守るように二の丸が配置されており、埼玉県立嵐山史跡の博物館がある所が三の丸とされています。

 昭和48年(西暦1973年)、国の史跡【菅谷館跡】に指定され、平成20年(西暦2008年)に松山城・小倉城・杉山城を加えて国の史跡【比企城館跡群】として名称変更されています。

 続・日本100名城【菅谷館】

到達記録(杉山城)

 平成30年08月02日に訪問しました。

 杉山城(すぎやまじょう)は、埼玉県比企郡嵐山町杉山614にある城跡です。

 杉山城は、山内上杉氏の築城とされていますが確定的ではないとのことで、今後の発掘調査が期待されます。以前は、後北条氏の城と考えられていたというので発掘調査の重要性がわかります。

 杉山城は、比企丘陵の南側尾根に築かれています。曲輪、土塁に空堀と山城としての遺構がしっかり残っており、「中世城郭の教本」と高く評価されています。

 スタンプが置かれている嵐山町役場では、「最強の山城」と案内されていました。平成20年(西暦2008年)に国の史跡【比企城館跡群】として指定されています。

 続・日本100名城【杉山城】日本名城百選【杉山城】

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