564.日本7周目その158:沼田城を歩こう!


 平成30年08月13日10時前からスタートです。


 名胡桃城址案内所です。

 名胡桃城址案内所で続・日本100名城【名胡桃城】のスタンプ回収です。


 続・日本100名城【名胡桃城】の攻城です。

 名胡桃城(なぐるみじょう)は、群馬県利根郡みなかみ町下津にある城跡です。


 三の丸から二の丸を見ています。

 名胡桃城は、室町時代の明応元年(西暦1492年)に、沼田氏によって沼田城の支城として築城されたとされています。


 曲輪を隔てる堀切です。

 天正15年(西暦1587年)に豊臣秀吉による「惣無事令」(大名間の私闘を禁止する命令)が発令された後、真田昌幸(さなだ まさゆき)の支配する名胡桃城を北条方の武将が攻め込み、小田原成敗に繋がった歴史的な場所です。


 二の丸と本丸を隔てる堀切です。

 現地では、曲輪が順々に連なる連郭式の山城で、廃城後の改変がほぼないようで、保存状態は良好と現地の案内です。


 本丸跡地です。

 本丸跡地には、こういう石碑があってこそだと思うのは私だけではないはず。


 本丸跡地からの展望です。


 続・日本100名城選定効果でしょうか。直近、整備が行なわれたのでしょうか。再現された木が若々しいです。

 駐車場や案内所から近く遺構もしっかり残っています。ただ私は真田の持ち上げすぎがあまり好きじゃないんだな。田舎の一豪族だったのに扱いは天下人クラスってのは持ち上げすぐだと思うんですよね。


 沼田市観光案内所です。

 沼田市観光案内所で続・日本100名城【沼田城】のスタンプ回収です。


 ご当地サイダーと御城印を購入します。


 続・日本100名城【沼田城】の本丸跡地です。

 沼田城(ぬまたじょう)は、群馬県沼田市にある城跡です。

 沼田城は、沼田顕泰(ぬまた あきやす)によって築城されたのが始まりとされています。


 利根(とね)英霊殿です。

 利根英霊殿は、昭和09年(西暦1934年)に創建された神社で、日清・日露戦争で散花された地元の英霊が祀られています。

 かつては、沼田城の天守跡地ではないかと伝わっています。


 西櫓台跡にある石垣と石段です。

 現地の解説版によると発掘調査の結果、発見されたと紹介されています。なんか綺麗なので、大分復元したんだろうな、とは思います。

 沼田城の位置は上野国の要所、そして北関東の要所と言える場所です。戦国時代に上杉氏、武田氏、真田氏、北条氏がしのぎを削った場所です。


 こちらも発掘調査で出てきた西櫓台の南面の石垣です。

 江戸時代には、真田氏から天領、本多氏、黒田氏の後、土岐氏が12代続いて明治維新を迎えました。明治維新の後、旧沼田藩士が城跡を購入して整備、現在は沼田公園になっています。


 西櫓台の西面の石垣です。これは見事です。


 沼田城は、三の丸は駐車場とテニスコートになり、二の丸は野球グランドになり、本丸はこの様に植物公園になっています。


 目印になる鐘楼です。

 真田氏が城主の時代は、沼田城内に鐘楼があったと伝わりますが、明治維新後、撤去されています。


 石碑を探しましたが、真新しいこれしかありませんでした。

 もうちょっと味のある石碑が好みです。


 道の駅「尾瀬かたしな」に立ち寄ります。


 道の駅「尾瀬かたしな」で早めのお昼にします。

 うどん大好きです。ご馳走様です。


 平成の名水百選【尾瀬の郷片品湧水群】です。

 尾瀬の郷片品湧水群は、群馬県利根郡片品村近隣にある湧水群です。


 観音様の水は、群馬県利根郡片品村大字鎌田3967番地3にある尾瀬の郷片品湧水群を代表する湧水です。

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