216.近畿の札所めぐりその30


 平成26年07月03日です。


 西国四十九薬師霊場33番札所【石薬師寺】を参拝です。

 石薬師寺は、三重県鈴鹿市石薬師町1にある真言宗東寺派の寺院です。

 石薬師寺は、寺伝によると、神亀03年(西暦726年)に修験道の僧・泰澄(たいちょう)が、この地で地鳴りとともに現れた巨大な石を見て、これを薬師如来の示現(じげん)であると悟り、草庵を結んだのが始まりとされています。


 平成26年07月17日です。

 神仏霊場127番札所【毘沙門堂】を参拝です。

 毘沙門堂は、京都市山科区安朱稲荷山町18にある天台宗の門跡寺院です。

 毘沙門堂は、寺伝によれば、毘沙門堂の前身の出雲寺は文武天皇(第42代陛下)の勅願により、大宝03年(西暦703年)に行基が開いたと伝わります。天台宗京都五門跡の一つです。


 近江三十三観音霊場2番札所【東門院】を参拝です。

 東門院は、滋賀県守山市守山2-2-46にある天台宗の寺院です。


 近湖国十一面観音霊場5番札所【東門院】を兼ねています。

 東門院は、寺伝によると、延暦07年(西暦788年)に伝教大師・最澄が東の麓に門を構えたのが始まりとされています。通称・守山観音とも呼ばれますが、十一面観音像は、通常は非公開で見れません。


 神仏霊場144番札所【御上神社】を参拝です。

 御上神社は、滋賀県野洲市三上838にある神社です。

 御上神社は、「近江富士」の愛称で知られる三上山(みかみやま)を神体山として祀っています。三上山登山客にも駐車場を開放しています。


 湖国十一面観音霊場9番札所【石馬寺】を参拝です。

 石馬寺は、滋賀県東近江市五個荘石馬寺町823にある臨済宗妙心寺派の寺院です。

 石馬寺は、聖徳太子伝説があります。聖徳太子が乗っていた馬が突然動かなくなり、傍らの松の木に繋いで山に登って祈りを捧げました。戻ってくると、馬は石と化して池に沈んでいました。


 近江三十三観音霊場20番札所【善勝寺】を参拝です。

 善勝寺は、滋賀県東近江市佐野町909にある曹洞宗の寺院です。

 善勝寺は、聖徳太子の叔父とされる良正によって開かれたと伝承があります。元は「釈善寺」という名前だったそう。


 近江三十三観音霊場14番札所【北野寺】を参拝です。

 北野寺は、滋賀県彦根市馬場1丁目3-7にある真言宗豊山派の寺院です。

 北野寺は、元々、金亀山(こんきさん/彦根山)に位置していたようで、彦根城築城の際に現在地に移転したと伝わります。井伊家の庇護のもと城下町とともに発展したと伝わります。


 滋賀県の札所を巡りながら彦根港に到着です。


 突然の雷雨に巻き込まれながらも上陸です。

 ここでは土器(かわらけ)に願い事を書き、湖面に突き出た鳥居に向かって投げる「かわらけ投げ」が楽しめます。投げた「かわらけ」が鳥居をくぐれば、願い事が成就すると言われています。

 成功する兆しすらなかった…!


 今回は竹生島神社でも御朱印を頂きました。

 竹生島神社は、滋賀県長浜市早崎町1665(竹生島)にある神社です。

 竹生島神社は、公称となりますが、歴史的には都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)と呼びます。竹生島がご神体です。かつて神仏習合の時代には、西国三十三観音霊場30番札所【宝厳寺】と一体でした。


 今回は神仏霊場138番札所【宝厳寺】の御朱印を頂きました。


 傘を借りたお店で金ゴマソフトを購入です。


 今回で三度目の竹生島上陸でした。

 連れの西国三十三観音霊場30番札所【宝厳寺】も兼ねての上陸でした。観光できる範囲が少ないので、今回で見納めかなぁ、と思います。


 神仏霊場133番札所【多賀大社】を参拝です。

 多賀大社は、滋賀県犬上郡多賀町多賀604にある神社です。

 多賀大社は、古くから「お多賀さん」として親しまれ、和銅05年(西暦712年)に成立した古事記にも「伊邪那岐大神は淡海(おうみ)の多賀に坐す」と記されており、奈良時代以前から信仰されていたことがわかります。

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