1245.九州の旅その64:別府を歩こう!


 令和07年01月03日08時からのスタートです。


 日本の橋100選【栗木野橋梁(金剛野橋)】を訪問しようと思ったら、宝珠山橋梁(奈良尾めがね橋)でした。


 改めて、日本の橋100選【栗木野橋梁(金剛野橋)】を訪ねます。

 栗木野橋梁(くりきのきょうりょう)は、福岡県朝倉郡東峰村宝珠山に架かる5連のアーチ橋です。


 栗木野橋梁は、昭和13年(西暦1938年)に完成したJR日田彦山線の筑前岩屋駅〜大行司駅の間にある鉄道橋です。通称として金剛野橋です。

 ネット上には、昭和18年(西暦1943年)完成との情報もありましたが、大東亜戦争真っただ中に架橋するでしょうか。なので昭和13年完成が正しい記録と思います。


 現地の案内板では、「栗木野橋梁(金剛野めがね橋)」として案内板が設置されています。

 栗木野橋梁(金剛野めがね橋)の南側に、宝珠山橋梁(奈良尾めがね橋)、第二大行司橋梁(松尾めがね橋)と3つの眼鏡橋が続きます。


 大分県に入って高瀬川(たかせがわ)ダムを訪ねて申込書の回収です。


 日田市観光協会に立ち寄って、高瀬川ダムのダムカードを頂きます。


 日田市観光協会がこれでもかってくらい、進撃の巨人推しになっていたました。作者の諫山創(いさやま はじめ)さんが日田市のご出身だとか。

 進撃の巨人は、なかなか複雑な話ではあるけれど、風刺が効いていて面白く読みました。最初の頃は結構へたくそな絵なのにストーリーが面白いのでどんどん次が見たくなった覚えがあります。


 周辺も進撃の影響が見てとれます。日田焼きそばはまだ食べたことがないな…。


 大分自動車道「由良岳PA」で一服です。今日は雲が掛かっていますが目の前に由良岳が見れるビュースポットです。


 別府駅を訪ねます。油屋熊八(あぶらや くまはち)さんの像が印象的です。

 油屋熊八さんは、別府を有名にするためさまざまな事を行った「別府観光の生みの親」と具体性に欠ける紹介されていて二重で面白い像です。


 別府駅の中にある別府駅観光案内所で別府市Aのマンホールカードを頂きます。


 車を駐車して、いでゆ坂を歩きます。

 いでゆ坂は、鉄輪(かんなわ)温泉街のメインストリートになります。


 鉄輪温泉は、大分県別府市にある別府八湯の一つで、温泉の湧出量が豊富な別府の中でも特に多く、湯治場の面影を残すレトロな街並みは観光客を喜ばせてくれます。

 かおり風景100選【別府八湯の湯けむり】に選ばれています。


 別府のご当地マンホールです。

 温泉マークはわかりますが、フラワーシティBEPPUのイメージは持っていませんでした。オオムラサキツツジは別府市の花になっているのだとか。


 所々で、時宗の開祖・一遍(いっぺん)が祀られています。

 現地にあった案内板によると、建治02年(西暦1276年)に念仏行脚の途中、別府に立ち寄り、荒れ狂う地獄地帯を鎮めて「蒸し湯」などの湯治場を開いたのが一遍だとされています。


 足湯ならぬ足蒸し湯です。4人分の席があり無料で体験できます。


 ここに足を突っ込みます。


 別府らしい風景です。


 少し離れた場所にある湯けむり展望台からは、鉄輪温泉の湯けむりを鶴見岳を背景に撮影出来るスポットです。


 人と自然が織りなす日本の風景百選【別府・明礬温泉の湯の花小屋】です。

 湯の花(ゆのはな)小屋は、大分県別府市明礬(みょうばん)にある湯の花生産工場です。


 明礬温泉は、温泉脈が地表近くを流れており、地表から勢いよく温泉ガスの蒸気が噴出しています。

 温泉地では「湯の花」がお土産になっていることも多いですが、小屋方式での湯の花生産は、明礬温泉だけなんだとか。


 岡本屋売店さんです。温泉噴気を活用した商品が売りの人気店です。


 地獄蒸しプリンです。甘すぎず美味しいプリンです。ご馳走様です。


 その後、高速道路を使って、妻と交互に運転をしながら帰宅です。


 右側は、別府駅にあった手造りスタンプです。


 こちらも別府駅にあったスタンプです。

 今回の旅路は、7泊9日3,341kmの行程でした。燃費はヤリスクロス君で24.2km/Lでした。

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