1232.九州の旅その51:門司港レトロを歩こう!


 令和07年12月27日07時からのスタートです。

 前日の仕事終わりから、妻と交互で運転しながら九州上陸した所からです。


 北九州側のノーフォーク広場から見た関門海峡(かんもんかいきょう)です。

 ノーフォーク広場は、北九州市門司区旧門司2-5にある広場です。北九州市の姉妹都市であるアメリカ合衆国のバージニア州ノーフォーク市にちなんで名付けられました。早朝から釣り人がいらっしゃいました。

 関門海峡は、本州の山口県下関市と九州の北九州市を隔てる海峡です。残したい日本の音風景100選【関門海峡の潮騒と汽笛】や日本の橋100選【関門橋】に選ばれています。


 関門海峡は、我が国の海上交通の要所で、1日大小700隻余の船が行き交いしているのだとか。

 令和07年になって北九州市によって門司港・和布刈(めかり)地区のノーフォーク広場に「九州最北端の記念碑」が設置されました。


 関門橋は、山口県下関市と北九州市門司区の間の関門海峡を跨ぐ道路橋です。昭和48年(西暦1973年)11月14日に開通しました。

 全長1,068mの吊り橋で、開通時点では日本最長の吊橋でした。現在もNEXCO西日本管轄の高速道路として現役です。


 門司港(もじこう)レトロを歩きます。

 門司港レトロは、北九州市門司区にある港湾、大正時代の雰囲気を出す観光地です。門司港や門司駅を中心に大正時代の雰囲気造りを官民一体で取り組んでいる地域です。遊歩百選【門司港レトロ】に選ばれています。

 幸せの黄色いバナナの郵便ポストです。可愛らしいフォトスポットですが「バナナの叩き売り」を大々的にやりたい感が伝わってきます。門司港はかつてバナナの一大輸入拠点でした。


 旧門司税関です。

 門司港は、明治時代に小さな漁村から国際貿易港に大きく変貌し、大正時代には入出港隻数日本一を誇るまで隆盛しました。

 現存している旧門司税関は、明治45年(西暦1912年)に建築された2代目の庁舎となり、平成03年(西暦1991年)に観光用に復元作業が行われています。よって築年数の割に綺麗に見えます。


 恋人の聖地【門司港レトロ/ブルーウィングもじ】です。

 ブルーウィングもじは、北九州市門司区港町4-1にある全長108mの歩行者専用のはね橋です。1日6回、水面に対し60度の角度に跳ね上がります。


 恋人の聖地【門司港レトロ/ブルーウィングもじ】の顕彰碑は、ブルーウィングもじの麓に設置されています。

 さび付いた顕彰碑になっています。まぁ海のそばなので仕方ないでしょう。

 ブルーウィングもじを渡ると、続々と露店を立てる作業が行われており、まだ朝早いので一足はまばらですが、露店の野外マーケットを形成しているのでしょうか。


 JR門司港駅前です。

 JR門司港駅は、大正03年(西暦1914年)に門司駅として開業したのが始まりで、昭和63年(西暦1988年)に鉄道駅舎として初めて国の重要文化財に指定されました。

 こちらには「バナナの叩き売り発祥の地」の石碑が設置されていました。推していますね〜。


 平成31年(西暦2019年)に6年の歳月をかけて大正時代の姿に復元されたJR門司港駅となりました。

 JR門司港駅に入って左手に観光案内所が併設されており、こちらで「九州最北端の地 踏破証明書」を頂けます。


 門司港名物バナナマン像ではなく、バナナマンブラック像です。

 バナナマンブラックは、ゆるキャラならぬキレキャラだそうです。門司港の倉庫で腐って黒くなったちょい悪バナナ(ちょい悪おやじ)という設定なのだとか。


 門司港レトロを歩いて見かけたご当地マンホールです。

 門司港駅をバックにしたバナナの叩き売り推しがここにも現れています。

 ポケ蓋も増えてきましたね。私はポケモンが最初に大ヒットした時代にはもう高校生だったのでゲームをしたことがないのですが、マンホールになって目の前にあると撮影してしまう不思議です。


 子供が描いたと思われるオリジナル柄とゆるキャラのご当地マンホールです。


 ミクニワールドスタジアム北九州を訪ねて北九州市Bのマンホールカードを頂きます。

 ここは南側に事務所がありましたが、わかりにくかったです。


 現地にあったご当地マンホールです。

 柄は、ギラヴァンツ北九州なるサッカーチームの公式マスコットキャラ「ギラン」さんで、ギラヴァンツ北九州のホームグランドがミクニワールドスタジアム北九州です。


 続・日本100名城【小倉城】の再訪です。

 小倉城(こくらじょう)は、現在の北九州市小倉北区にある城跡です。

 小倉城は、永禄12年(西暦1569年)に中国地方の覇者・毛利氏が九州上陸を果たし、築城したのが始まりとされています。別名として勝山城です。


 日本の灯台50選【白州灯台】は一般人が合法的かつ自由に上陸できない岩礁にあるため、小倉城を訪ねた次第です。

 小倉城内に、昭和38年(西暦1963年)の5市合併による北九州市誕生に合わせて、岩松助左衛門(いわまつ すけざえもん)さんの遺徳を偲ぶと共に水難救助のため尽くした功績を顕彰するため、初代白州灯台を模した岩松翁記念塔が建立されています。

 白州灯台の初代灯台は、岩松助左衛門さんが、私財や募金によって資金を確保し明治03年(西暦1870年)に基礎工事を完成させました。しかし、ご本人は完成の1年前にお亡くなりになりました。


 小倉城は、豊臣秀吉の時代に、毛利(森)勝信(もうり かつのぶ)が現在見られるような縄張で総石垣造の城郭を築き、江戸時代初期に細川忠興が南蛮造の天守などを建てたと言われています。

 昭和34年(西暦1959年)に鉄筋コンクリート構造で天守が外観復元されました。


 城内にある佐々木小次郎VS宮本武蔵の像です。

 巌流島での決闘で知られる2人ですが、佐々木小次郎という名前すら正確にはわかっていないようです。

 私を含めた現代人の歴史知識の多くは小説や伝聞、若しくは小説を史実と思った年配者からの教えで解説されているものを見て構成されているので、事実と違うものを真実と思い込んでいたりすることも多いのだろうなぁと思うのです。


 白島(しらしま)展示館を訪ねます。

 白島展示館は、北九州市若松区響町1丁目108番にある北九州の洋上にある白島国家石油備蓄基地に関する資料館です。


 白島展示館は無料の施設で、3Fが展望台になっています。こちらから洋上約5qの位置にある白州灯台が見ることが出来ます。

 肉眼でもスマホ撮影でも、なんとか白州灯台が白と黒とのツートンカラーであることが確認出来ます。


 現地には望遠カメラで撮影したであろう白州灯台の写真が展示されています。

 白島展示館はその名の通り、白州灯台の西側に浮かんでいる男島と女島で構成される白島(しらしま)にある石油備蓄基地の解説や紹介を主とした施設ですが、私の興味は。


 北九州市科学館(スペースLABO)に立ち寄って、北九州市Aのマンホールカードを頂きます。

 北九州市科学館(スペースLABO)は、令和4年(西暦2022年)に移転・開業した新しい施設で、元は北九州市立児童文化科学館だったことから子供向けの科学館です。

 北九州市は、国際化を意識しているのか、日本語版と英語版の2種類カード配布されているので要注意です。

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