594.日本7周目その153/諏訪原城と吉田城


 平成30年08月17日07時からスタートです。


 今朝は諏訪原城の現地駐車場で車中泊をしていたら、パトカーの巡回に職質されました。

 職質久しぶりだな。結構辺鄙な場所なのに巡回に来るんだね。

 続・日本100名城【諏訪原城】のスタンプはここにありました。


 諏訪原城(すわはらじょう)は、静岡県島田市金谷にある城跡です。


 諏訪原城は、武田軍が徳川領遠江国攻略の拠点として築城しました。


 天正03年(1575年)には武田氏と徳川氏で激しい戦いが繰り広げられ落城、徳川方の城となり城名は牧野城となりました。


 大規模な掘を経て土橋を渡ります。


 小さな立て札の案内があります。


 本丸跡地です。


 これは往年の石垣跡かな?


 なかなか良い展望です。


 カンカン井戸です。

 本丸と二の丸の間にある堀にありました。


 ぐるっと一周しました。


 諏訪神社が鎮座していました。


 掛川城(かけがわじょう)は、静岡県掛川市掛川にある城跡です。


 室町時代、遠江国守護の今川氏が、朝比奈泰煕(あさひなやすひろ)に命じて築城したのが始まりとされています。


 戦国時代、今川氏から奪取した徳川氏と武田氏で激しく争われた城です。


 天守の前にある門は閉まっていました。(営業時間前です)


 こちらの天守は、平成06年に木造で再建された天守です。


 鹿苑神社(ろくおんじんじゃ)です。


 鹿苑神社は、静岡県磐田市二之宮にある神社です。


 遠江国二宮として参拝です。

 現地の案内によると、府八旛宮で御朱印の記帳をされているようです。


 府八旛宮(ふはちまんぐう)です。


 府八旛宮は、静岡県磐田市中泉112-1にある神社です。


 「八幡宮めぐり」コレクションに追加です。


 両方の御朱印を頂きました。


 続・日本100名城【吉田城】の攻城に向かいます。


 吉田城(よしだじょう)は、愛知県豊橋市今橋町にある城跡です。


 吉田城は、戦国時代に今川氏親の命で牧野古白(まきのこはく)が築城したのが始まりとされています。


 今川義元が死ぬと、徳川家康が奪い、酒井忠次が城主となり東三河の統治に当たりました。


 再建天守です、櫓と言うべきかも。ここで続・日本100名城【吉田城】のスタンプを頂きます。


 再建天守からの展望です。


 空堀や石垣に守られた堅固な城郭ですが、再建天守から見れば背中がそこまで水深のない川が流れており、背後を襲われると一気に本丸が落ちる状況が思い浮かびます。


 一部石垣崩壊の為か通行禁止になっていました。

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