907.関東の旅その38:小泉城跡を歩こう!


 令和05年01月02日12時からのスタートです。


 小泉城(こいずみじょう)跡を訪ねます。


 小泉城は、群馬県邑楽郡大泉町にある城跡です。


 別名、富岡城(とみおかじょう)と言います。富岡主税介直光なる人物が築城したのが始まりとされています。


 現地では、城之内公園として整備されており、曲輪に土塁、堀跡が残っています。


 私も詳しく知らない城跡でしたが良い城跡でした。


 目に付いたお店で昼食を取ります。

 「野郎めし」さんです。過度なジェンダーフリーが強引に押されるこの時代にこういうネーミングは好感が持てます。


 生姜焼き定食を頂きました。美味しかった。ご馳走様でした。


 太平記館を訪ねて、足利市Aのマンホールカードを頂きます。


 同じ柄のご当地マンホール。


 足利まちなか遊学館を訪ねて足利市Bのマンホールカードを頂きたかったのですが、何故か店が閉まっていました。


 足利学校跡を訪ねます。


 足利市Bのマンホールカードがあればこの柄だったはず・・・。


 足利学校は、室町時代から戦国時代にかけて、坂東(関東)における最高学府であったとされる学校です。


 日本遺産にも選ばれているようで、その案内がチラホラとありました。


 茅葺の邸宅があります。


 日本遺産の第一号なんですね。


 日本100名城【足利氏館】として過去何度か、訪問しています。

 足利氏館(あしかがしやかた)は、栃木県足利市家富町にある城跡です。

 足利氏館は、平安時代、足利氏の祖とされる源義康が居を構えたのが始まりとされています。現地では、武士の館であった名残と言える土塁や堀が残っています。


 続けて、重要伝統的建造物群保存地区【群馬県桐生市桐生新町】を訪ねます。


 群馬県桐生市桐生新町(きりゅうしんまち)地区は、絹織物で栄えた地区です。


 桐生織(きりゅうおり)と呼ばれる桐生の絹織物は、西の西陣、東の桐生と呼ばれるほどの名声を得ていたのだとか。

 重伝建として見るならば、正直な所、普通の街並みやんってなるかも。


 桐生市役所水道局下水道課を訪ねて、桐生市Bのマンホールカードを頂きます。


 続いて、みどり市役所を訪ねてみどり市のマンホールカードを頂きます。


 ため池百選【妙参寺沼】を訪ねます。


 妙参寺沼(みょうさんじぬま)は、群馬県太田市新田大根町にあるため池です。


 妙参寺沼は、江戸時代に整備されたため池で、湧水を基にしています。現地では、妙参寺沼親水公園として整備されていました。


 日本の都市公園100選【華蔵寺公園】を訪ねます。


 華蔵寺公園(けぞうじこうえん)は、群馬県伊勢崎市にある公園です。

 観覧車があり、公園と言うよりパッと見ると遊園地ですが、ハナミズキで知られる水生植物園や運動施設も併設されています。


 公園名でもある、隣接する華蔵寺の境内利用なのかと思ったら、伊勢崎市によって管理されている公園でした。


 明治26年(西暦1893年)に工事着工、明治44年(西暦1911年)に完成した歴史ある公園です。


 昭和の名水百選【雄川堰】の再訪です。


 雄川堰(おがわぜき) は、群馬県甘楽郡甘楽町小幡にある城下町の用水路です。


 江戸時代初期に整備されたと言われており、稲含山から流れる一級河川である雄川を水源としています。


 残したい日本の音風景100選【水琴亭の水琴窟】の再訪です。


 水琴亭の水琴窟は、群馬県高崎市吉井町岩崎2229-1にある創造学園大学の敷地内にありました。


 現在は、グランドヒルズ高崎という老人ホームに生まれ変わっていました。


 水琴亭のエリアだけはまだ残っておりました。


 平成24年10月06日に初訪問した日の夜のニュースで、創造学園大学が財務破綻しているニュースが流れました。こういう所を100選に選んで本当に良かったの?って思った覚えがあります。あれから10年以上経ちましたが、再訪出来て良かったです。本日はここまでです。

[前の旅先]を見る [次の旅先]を見る

[旅行記9]に戻る

[旅人の記録]に戻る

[トップページ]に戻る