落日はまた昇る−旅人の記録−874.鹿背山城跡を登ろう!

874.鹿背山城跡を登ろう!


 令和02年12月08日11時からスタートです。


 前回、攻城を控えた鹿背山城にチャレンジです。


 竹主体の山を登っていきます。


 竪堀(たてぼり)の案内板がありました。


 写真では少し判りにくいですが、竹が切り取られており判りやすいです。


 アップにすると少し判りやすくなりますね。

 斜面を上下に掘ることで攻め方の登り道を固定してしまい、狙い撃ち出来るようになります。上に居る防衛側からは丸見えになり、隠れる場所がなく急斜面で登りにくい、というのが竪堀の利点でしょうか。


 虎口(こぐち)です。城門跡です。


 主郭(しゅかく)跡です。

 郭と書いたり曲輪と書いたりしますが、平らにした場所で防衛側の兵士がいたり、生活スペースがあったりします。


 木碑がありました。

 中世城郭では主郭と呼ぶことが多いですが近世城郭では本丸と呼ぶことが多い印象です。どうして違う表現をするのでしょうかね。


 主郭の奥に土塁跡が見てとれます。


 土塁の上に櫓が設置されていたようです。


 天気はイマイチですがロケーションが素晴らしいです。


 井戸跡です。

 籠城する上で水の手は最重要拠点となります。ここが奪われたらもう敗戦必至です。


 切岸(きりぎし)跡です。

 あんまり見かけない上に、自然の断崖絶壁と区別が付かないことが殆どです。切岸は、斜面を削って人工的に断崖とした構造です。


 鹿背山城は、曲輪跡が豊富です。


 畝状竪堀群(うねじょうかたほりぐん)と言われる場所です。

 城郭から麓に向かって縦に土塁と空堀が交互になっており、下から攻め上ることを想像すると絶望的です。


 ぐるっと一周しても1時間足らずで見て回れる程度でありつつ、保存状態は良好なので良い城跡だと思います。

 鹿背山城は、私の好きな松永弾正久秀が整備した山城と言われており、楽しく散策できました。

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