587.日本7周目その146/金鑚神社と唐沢山城


 平成30年08月14日06時からスタートです。


 日本100名城【鉢形城】です。


 鉢形城(はちがたじょう)は、埼玉県大里郡寄居町大字鉢形にある城跡です。


 鉢形城は、室町時代に、長尾景信(ながおかげのぶ)が築城したのが始まりとされています。


 戦国時代に、北条氏康の四男とも五男ともされる北条氏邦が入城し、武田信玄、上杉謙信の攻撃を凌いだ歴戦の城跡です。


 北条氏邦という人物は名将と評するに十分な人物であり、豊臣秀吉の小田原征伐において、小田原城に籠もることに反対して大規模な野戦を主張したが策を聞き入れられず、主君の命に従い居城・鉢形城に籠もって徹底抗戦し、最期は、部下の助命を条件に降参するという侍の手本のような人でした。


 現地では整然と堀や土塁が再建保存されていますが、本丸跡地が入れない状態でした。


 金鑚神社(かなさなじんじゃ)です。


 武蔵国五宮として参拝に来ましたが、二宮とする説もあり、神社側としては二宮を名乗っていますね。


 金鑚神社は、埼玉県児玉郡神川町字二ノ宮750にある神社です。


 ご朱印も頂きました。


 北関東自動車道「波志江PA(下)」に立ち寄ってスタンプ回収です。


 北関東自動車道「波志江PA(上下線集約)」に立ち寄ってスタンプ回収です。


 北関東自動車道「出流原PA(下)」に立ち寄ってスタンプ回収しようと思いましたが、こちらはスタンプのないPAでした。


 続・日本100名城【唐沢山城】です。


 猫ちゃん、野良猫かと思ったら首輪しているね。


 うーん。可愛い。


 唐沢山城(からさわやまじょう)は、栃木県佐野市富士町にある城跡です。


 唐沢山城は、平安時代に藤原秀郷(ふじわらのひでさと)が築城したのが始まりとする伝承があります。


 戦国時代の城主・佐野氏は、上杉氏、北条氏、豊臣氏、徳川氏と、まさに手のひら返しの連続というべき見事な外交で戦国時代を生き残りました。が、江戸時代に入って佐野氏は改易されました。


 唐沢山神社が鎮座しているのでこちらで続・日本100名城【唐沢山城】のスタンプとご朱印を頂戴しました。


 お参りしていきましょう。


 本丸跡地です。


 石垣のある山城、すごく良いと思います。


 本丸跡地近くからの展望です。


 日本100名城【足利氏館】です。


 足利氏館(あしかがしやかた)は、栃木県足利市家富町にある城跡です。


 足利氏館は、平安時代、足利氏の祖とされる源義康が居を構えたのが始まりとされています。

 鎌倉時代に鑁阿寺(ばんなじ)が建立され、足利氏の氏寺となりました。真言宗大日派の本山となっています。


 ご朱印を頂きました。


 かつて武士の館であった名残と言える土塁や堀が残っていました。

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